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第2話 散策、稽古、夜
「うわぁ~~~」
外に出た演劇部のメンバーは改めて感嘆の声を上げた。
素晴らしい見晴らし。
向こうに見える黄緑色の山。
「みんな、あっちに川があるの。行ってみない?」
月島に案内されて、川へ移動する。
透明な水と、丸い石。ドラマのロケ地に選ばれそうな風景が目の前にある。
「ここにはね、蛍が出るのよ」
「蛍!?」
「うわぁ~」
「見たぁい!」
「見に来ようぜ!」
皆口々に言うが、
「起きていられるといいわね。このあと帰ったらみっちり稽古するから、みんな寝ちゃうかもよぉ!」
「ちぇ~っ」
「先生、そんなこと言うんなら蛍のことなんか教えんなよ」
馬場と如月が口を尖らせる。
***
「月の夜にまずい出会いだな! 高慢ちきのティターニア」
「ぬわぁんですってぇ~? 嫉妬深いオーベロォォォォォン!」
健治とクリスが向き合って妖精夫婦の喧嘩の場面を演じる。
「先生、ここってあざ笑った方がいいんでしょうか? それとも怒った方が」
「健治はどっちだと思う?」
「あえてあざ笑った感じで言うのが面白いかと」
「じゃあ、そうしよう。クリス、気合い入りすぎて演技過剰になってる。 もうちょっと抑えめで、かつ傲慢に」
***
「今日も疲れたね」
布団を敷いてから、クリスが満足した、と言うのがわかるため息をついた。心地よい疲れのようだ。
「私は華麗なティターニアになってみせる!」
「私もハーミアを完璧に演じます。多分これで最後なので」
玲理の言葉で玲亜の眉がぴくっと動く。
「ん? レイリ―、退部すんの?」
「はい、両親から受験に集中するために部活を辞めるように言われてて」
「あ~、よくあるやつだ」
「ああ、いずみん、ライサンダーの衣装ほつれてたよね。明日直すから」
唐突に愛川が声を上げた。
「え? あ、はい」
それが空気を換えるための話題だと誰もがわかったが、玲理には特にありがたかった。
「ねえ、なずなちゃん、如月先輩かっこいいよね」
浦野春奈が身を乗り出す。
「え? 私は...」
「かっこ付けてるだけだと思う」
苦笑いする1年生の芹川なずなに対して、きっぱりと言う同期の沓名泉。
「ハハハ! 沓名よく言った! あいつなんてナルシストなだけだよ。ねえクリス」
「うん。私は健治の方がいいな」
「む~」
自分の好きな人の人気がなくて、浦野は少しだけむくれた。
「ねえねえ、馬場はどう思う?」
そんな話をしていたが、みんなはいつの間にか眠ってしまった。
***
暗闇の中、竜也は玲理の姿を見つけた。
「玲理、待てよ玲理!」
声は相手に聞こえないようだ。ふらふらとした足取りで、どこかへ行ってしまう。
気がつくと竜也は川にいた。いや、みんないる。
「玲理! そうだ、玲理は? 俺は玲理がいなくなる夢を見て...」
「玲理さんならここにいるじゃないですか。ねえ玲...」
みんなから少し離れたところにいる玲理を見つけた泉が呼びかけると、振り向いた玲理は目がうつろだった。
「えっ...」
「あっ...」
泉が息を呑み、かけよったみんなも愕然としていると、4匹の蛍が飛んできた。水鏡は嬉しそうに手を広げている。
蛍は彼女の手の中で踊っていた。その踊りを見ているうちに、一同の意識は遠くなった。
※ 「夏の夜の夢」のセリフは2012年にビレッジプレスから発売された井村君江さんの訳を参考にさせていただきました。
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