Episode4 酔芙蓉の吐息

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 莉子は9月7日に20歳の誕生日を迎えた。今回の旅行も名目は莉子の誕生日祝いだ。  当初、莉子は自分の分の旅費を負担するつもりでいた。しかし、誕生日のお祝いも兼ねているのだからと旅費の大部分は純が支払ってくれている。  普段のデートでも純は莉子に財布を出させない。払おうとすればスマートな仕草で先に支払いを済まされてしまい、莉子が財布を出す余地すら与えない。  莉子が年下の学生だからか、それとも女には一切支払いをさせたくないのか、純の真意は定かではないが、莉子もしがないアルバイトの身の上ゆえ、金銭面では彼に甘えっぱなしだった。  夕食で用意された懐石料理の傍らには酒瓶が置かれ、莉子と純は酒を酌み交わした。  始めて飲む日本酒の味は、純との初デートで飲んだ喫茶店のアイスコーヒーと同じで美味しさも楽しみ方も、彼女には残念ながらわからなかった。  もう少し大人の女になれば酒の味も楽しめるようになるかと純に聞けば、「いい歳した大人だって味をわかって呑んでいる人間は少ないよ」と笑って返された。  俗に言う〈(ツウ)〉を気取っている人間が大半ということらしい。誰もが知ったかぶりをして、精一杯〈大人〉を演じているオトナがほとんどなんだ、彼はそう締めくくった。  オトナもそこまで大人ではない。大人のフリをしているだけ……そんなものだろうか。  大人の入口に立つ莉子には、純は充分に立派な大人に見える。酒を飲む所作や煙草を吸う横顔も、そうして〈オトナ〉を語る時の冷めた口振りも、酸いも甘いも経験した大人の男の姿だった。         *  夕食後にふたりで入った室内露天風呂からは海が見えた。莉子達の地元に近い、慣れ親しんだ海ではない。同じひとつの海でも波の揺らぎで作り出される表情は違うものだ。  賑わいのシーズンを終えた秋の海は夜風になびき、静謐(せいひつ)な空には上弦を過ぎて膨らみかけた月が浮かぶ。  月見もほどほどに湯けむりの(たわむ)れが始まれば、ふたり分の吐息混じりの甘い声が漏れ聞こえた。  戯れが過ぎて少々湯あたり気味だった莉子と純はひとつの布団にふたりで寄り添い寝転んだ。  チェックイン前に旅館の売店で購入したアイスクリームを湯冷ましに食べながら談笑を重ねて過ごしていたけれど、恋人達がこのまま、ただ眠るだけの夜を過ごせるはずもない。  しわくちゃになったシーツに折り重なって莉子と純は唇を寄せては離してを繰り返した。抱き合う男女の頬の火照りの理由は湯上がりと酒と、押し寄せる情欲のせい。  布団の上にあぐらを掻く純に対面するように、彼の膝の上に莉子が乗った。まだまだ足りないと求めるふたつの唇が濃厚なリップ音を奏でている。  莉子の浴衣は着崩れて胸元がはだけている。現れた滑らかな素肌には、昨夜のシティホテルのベッドで純に愛された痕跡が点在していた。  昨日よりも赤い刻印の数が増えているのは、先ほど露天風呂で純が愛した分だ。  はだけた(えり)の隙間から差し込まれた骨張った手が胸の膨らみを弄り出すと、身をよじらせた彼女の甘い声が純の耳元を撫でてゆく。  アルコールと湯上がりの影響で頬と身体を桃色に染めた莉子の姿は、フラワーパークで目にした酔芙蓉(スイフヨウ)の花に似ていた。彼女が漏らす甘ったるい吐息が耳朶(じだ)をなぞるたび、純の理性と心身は莉子に酔わされ狂わされる。  対面でキスを重ねたまま、甘美なやりとりは続けられる。乱れた(おくみ)からあらわになる太ももが彼を妖しく誘っていた。  布団に押し倒した莉子の両脚を広げさせ、女の臭気を立ち昇らせるそこに純は顔を沈めた。甘い蜜が溢れる莉子の蜜壺は、ふたりを快楽に誘う花園。  花園の中心にはぷくりと膨れた赤い実が美味しそうに熟していて、彼が実を口に含むと莉子は吐息混じりに甘く()いた。  純は莉子を四つん這いの姿勢に変えさせた。布団に両手両足をつけた莉子の浴衣をめくりあげれば、剥き出しの桃尻が彼を誘惑する。  後ろから蜜壺に指と舌を差し込んでさらなる快楽を与えてやれば、またじゅわりと莉子の蜜が漏れ出てきた。  吸っても舐めても無限に溢れてくる蜜で彼の指と舌はぬるりと湿った。  美しい酔芙蓉が桃色から紅色に変化する瞬間を彼は味わう。きっと花の酔芙蓉も夜の闇に紅を添えている頃だろう。  快楽に身体を震わせた莉子が布団の上にくずおれた。荒い呼吸で上下する胸元は大胆にはだけ、脚も太ももの付け根まで露出している。  淫猥(いんわい)な行為の連続で着崩れ、ほぼその機能を果たしていない浴衣の最後の砦が腰紐であった。かろうじて莉子の浴衣を形作っていた頼りない腰紐が純の手でしゅるりと、抜かれて落ちた。
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