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単身者用のこの部屋はキッチンと対面する側にこじんまりとした洗面台がある。洗面台の鏡には欲情した男女の姿が映し出され、だんだんと快楽に支配される莉子の顔もはっきり映り込んでいた。
ワンピースを着た状態でショーツだけを剥がされ、シンクにもたれたまま続けられる卑猥な行為が恥ずかしいのに気持ちいい。調理をする場で行われていると思うとより一層、背徳的で興奮した。
純はわざと莉子の姿が洗面台の鏡に映るように彼女を後ろから抱き締めた。鏡の中の莉子の身体には彼の長い腕が絡み付いている。
背後から首筋に吸い付かれた莉子は甘い声を漏らした。
「ずるい」
「なにが?」
「私だけがこんなに恥ずかしいの……」
「じゃあ俺の服は莉子が脱がせてよ」
「純さんて、普段は優しいのにエッチモードに入ると意地悪になるよね」
顔を後ろに向けて彼を睨んで見るけれど、優しい眼差しで見つめられてドキドキが止まらない。
純の傍らに膝まずいて彼のズボンと下着を一気に下ろした。目の間に晒されたそそり勃つソレに莉子は唇を近付ける。
キッチンと洗面台の間の狭い空間に莉子と純の服が散らばって、隣室のベッドの上でふたりの熱が溶け合った。
音楽番組を流していたテレビも今は無言だ。静かな室内では男と女の吐息の音色がよく聴こえる。
何度抱かれても裸を見られるのは恥ずかしい。手で隠そうとしても押さえつけられて、そのまま莉子は純の思うがまま。
普段は温厚な彼が情事の最中に見せる理性を失くした雄の表情がたまらなく色っぽい。細身の身体から溢れる男の色気に莉子はいつものぼせてしまう。
ふたりが繋がった瞬間にぎゅっと抱き締められて、奥まで侵入した彼の分身の感覚が苦しいのに愛しい、嬉しいのに哀しい。
容赦なく攻めてくる快感の波に抑えきれずに漏れてしまう莉子の声は、純の唇で塞がれる。
純に何度も愛されて意識が飛びそうになった時に彼女が目にしたものは、莉子の左手薬指を咥える純の切なげな顔だった。
純の唾液が莉子の薬指に絡み付いて、指先に感じるねっとりとした舌の質感に背筋がゾクゾクとする。
「離したくない……」
莉子と繋がった身体を揺らしながら呟いた純の心の叫びはちゃんと莉子に届いていた。
いっそのことこのまま壊れてしまいたい。
壊れるくらいに、抱いて欲しい。
壊れるくらいに、愛して欲しい。
壊れるくらいに、愛しているよ。
出逢いの春、結ばれた夏、深まる秋、冬を越えたらまた春がやって来る。
どれだけ身体が繋がっても、どれだけ心が繋がっても、抗えないことがある。
男と女はどこまでも男と女で決してひとつの個体にはなれない。ふたりの人生もひとつにはならない。次の春には莉子の隣に純はいない。
タイムリミットは迫っている。
どうかこのまま時よ止まれ。
季節は進まず冬のまま、哀しみの恋人達を永遠に目覚めることのない夢の世界に閉じ込めて。
夏が沈んで、冬は止まる。
ふたりは、初めて結ばれたあの熱帯夜にいつまでも、いつまでも、溺れていたかった。
ふたりは、まだあの熱帯夜を求めて、静止した冬を永遠に彷徨い歩いていた。
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