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この男は優しいのか、ずるいのか、確信犯なのか、天然なのか、実態がよくわからない。
ひとつ確信を持って断言できるのは、惚れた女にはとことん甘い。だから今は莉子にだけ、彼はこんなに甘ったるい。
全身への愛撫を長く丁寧に行う純との情事は体力との勝負だ。でも、もう危ない。莉子は身も心もすべてを純に搾り取られてしまいそうだった。
もっと彼を近くに感じたい。いちばん近くに彼を感じて、彼を忘れないように、彼のすべてを覚えていられるように……。
繋がる準備を始めた彼の手を衝動的に掴んでいた。
「莉子?」
「つけないで」
純が息を呑む気配と動揺が触れた手から伝わった。彼は即座にかぶりを振る。
「ダメだ」
「最後だから……」
「最後だからこそダメなんだ」
「純さんを忘れないようにしたいの。私に、純さんを忘れられなくさせて……?」
「……馬鹿だなぁ」
未開封のコンドームが純の手を離れた。莉子の頬を撫でて囁いた「馬鹿だなぁ」には呆れと慈しみがこもっている。
「馬鹿でごめんなさい」
「俺も馬鹿だよ。本当に……。どうしようもない馬鹿だ。いつかは、こうなることを期待していた。莉子を傷付けたくないのに……」
大きく溜息をついてぐしゃぐしゃと髪を掻きむしる彼の目の色は、先ほどよりも雄の気配が濃くなっていた。
「後悔しない?」
「したとしても相手があなたならいい」
「妊娠させるかもよ?」
「いいよ」
そうなったらそれでもいいと後先考えずに莉子が口走れば、乱暴なキスでベッドに押し倒された。
「そんなこと二度と言うな」
怒っている? 泣いている? 困っている?
純はどこまでも優しいから乱暴な仮面を被ったキスも最後は優しい。
初めてコンドームをつけずに純が莉子の内部に押し入った。莉子の中は容易く彼を受け入れて、次第に馴染む彼の分身に愛しさが込み上げる。
もうこれだけで内部が熱くて気持ち良くて、彼女はぎゅっと純にしがみつく。今日何度目かわからないキスを繰り返し交わした。
室内は暖房が効きすぎていて暖かいよりもむしろ暑い。額や首筋、背中に汗が滲む純の姿に、初めて結ばれた熱帯夜を思い出した。
「愛している」と甘く囁かれ名を呼ばれる。両脚を持ち上げられると彼のものが奥まで当たり、莉子はひときわ甲高く喘いだ。
罪悪感と背徳感に支配されても止められない欲望にふたりは溺れる。
ベッドがふたり分の重みで軋んで悲鳴を上げている。莉子も純も甘ったるい悲鳴を上げていた。
もう純の家に行くことはない。最後の情事はこんな味気ないホテルのベッドではなく、純の部屋の純の匂いが染み付いたあそこで果てたかった。
純の息が荒くなり、かすれた呻き声をあげて彼は絶頂に達した。寸前に莉子の中からそれを引き抜いて解き放たれた欲の塊が、彼女の太ももに垂れ流される。
快感の先を迎えて果てた莉子も純もすぐには身動きができなくて、やがてティッシュに手を伸ばす彼の鈍重な動きを莉子は眺めるだけ。
「ごめん」
「謝らないで」
莉子の太ももに付着した精液を拭う純は何度もごめん、と呟いた。純は悪くないと伝えようとしても、果てた直後は上手く呂律が回らない。
(悪いのは私。あなたを引きずり込んだ私なの)
身体の汚れを拭いてもらった後、莉子は欲を放った後のくたびれた男の分身に触れた。まだ後処理をしていないそこに彼女は口をつけてエクスタシーの名残を舐め取る。
見た目にもグロテスクなそれは、莉子に舐められた途端にまた欲を溜め始めた。
「男は単純だな」
頭上で彼の溜息が聞こえた。莉子に咥えられてみるみる元気になる自分の分身を見下ろして純は失笑している。
「女も単純だよ」
特に美味しくもないのに美味しそうにそれを咥える莉子も、欲望に逆らえずに莉子を抱いた純も、この世の男も女も、大人も子供も、みんな浅はかで、愚かだ。
純の味でいっぱいになった莉子の唇に純は労いのキスを送る。
口内では精液の名残と純の唾液が交ざり合い、莉子はそれを自分の唾液と共に飲み込んだ。
今度は後ろから純が入ってきた。次はコンドームをつけた彼の分身がうつ伏せに寝そべる莉子を後ろから押さえつけて暴れている。
互いの身体を貪るふたりは竹倉純でも佐々木莉子でもない、男と女。雄と雌。
そこからも莉子は犯され続けた。1日で何度も純に抱かれたのは今日が初めてだった。
こんなことをして何の意味があるのかと蔑むもうひとりの莉子が、純に夢中になる莉子を心の奥底で嘲笑う。
意味がないから意味を持たせようとするの?
これはどれだけ愛し合っても離れることを決めている男と女の、最後の愛の確認作業。
ふたりは泳げない魚。どこにもいけず、熱帯夜の海に溺れる哀れな魚たち──。
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