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No.2 始まり
入学式が終わり、全校生徒が体育館から出て行く雑音の中、頭の中でこだまするあの声。
もう一度聞きたかったと、何度も願ったあの声。
こんな偶然あるものなのかと自分に問いかけながら、芽生え始めていた感情を向けては行けない相手になってしまったことに悔しさを感じていた。
「美雪?」
視界いっぱいに広がった亜利涼の顔でハッと我に帰る。
ごめん、と一言かけて私達も教室に向かった。
ー1年3組ー
これから始まる高校生活。新しい教室、山積みの教科書、桜のイラストが描かれた黒板。後ろから2番目の窓際の席に座り、ホームルームを迎えた。
新学期恒例の担任の長話や、大量のプリント、前後の席の人とのぎこちないコミュニケーション。
あぁ、始まったんだなと改めて実感すると、各教科の担当教師の話になった。
担任は国語らしい。おもむろに早稲田の名前を探すと、数学の担当だと再確認できた。はっきり言うと、苦手な教科だ。
「羽田さん」
後ろから声をかけられ、振り向くと真後ろの席に座っている女子だった。
花のJKという言葉がよく似合う容姿で、声も可愛い。はい、と一つ返事をする。
「私、理奈!宜しくね。美雪って呼んでいい?」
目をキラキラさせながら話しかけてきたのは、前田理奈。初対面でいきなり呼び捨てとは、少し苦手なタイプだなと思いながらも、
「うん、大丈夫だよ。前田さん、宜しくね。」
と返事をした。
「いきなりゴメンね!私、同級生達と学校離れちゃって、馴染めるかどうか不安で…。仲良くしてね。」
と、少し不安そうに私の顔色を伺う姿に、手を差し出し握手をした。
この時の私の選択が間違っていたなんて知る由もなく、笑顔を交わした。
ホームルームが終わり、今日はもう帰れるとのことで席が離れた亜利涼の元へ行き、一生に帰ろうと誘った。振り返ると、理奈はいなかった。
下校中、亜利涼とは何気ない話を沢山した。小学校からずっと一緒だからなのか、高校に進学したことすら忘れられるような、いつもと変わらない会話だった。
ただ、早稲田のことを覚えていたのは私だけらしく、その話題が出ることはなかった。
「中学までは歩いてたのにね。すっかり遠いね。」
息を吐くように止まったバスに乗り込み、後ろ左側の窓側に私、通路側に亜利涼で座った。
これからもこのバスにも慣れていくんだろう。
遅刻癖のある私には、便利なような不便なような交通手段だが、登下校でバスに乗ることも新鮮味があって青春を感じたのも確かだ。
真新しい定期ケースがぶら下がったスクバを膝に乗せ、流れる景色を横目に、他愛もない話は続いた。
「ただいまー!」
靴を脱ぎ、リビングへ行くとテレビを見ながら洗濯物を畳んでいる母がいた。
「おかえり!学校どうだった?」
「うん、良さそうなところだったよ。亜利涼もいるし、新しい友達もできそう」
良かったわね、と嬉しそうな返事を片耳に、笑顔で自分の部屋へ向かった。
プリントの束。いらないものは捨てようと取り出し、取り分けて行く。
"早稲田 伶"
また目に留まった。どうやら完全に心を打ち抜かれているみたいだ。教師それぞれの自筆の意気込みコメントが書いてあるプリントだけ、ファイルに入れ、引き出しに閉まった。
明日は早速数学の授業がある。好奇心に胸を躍らせながら、母に頼まれたおつかいの為、外に出た。
♪〜♪〜♪
母の音楽好きに影響を受けて育った私は、小さい頃から歌うことが大好きだ。見よう見まねで覚えた独学のピアノで、オリジナル曲を描くこともあるぐらい、自分の生活の一部として過ごしている。
いつもの道を、いつもと同じように鼻歌交じりで歩く。日が暮れかかってオレンジに染まるアスファルトが、とてもドラマチックだった。
おつかいを済ませ、帰路につく。
いつも通りの生活。
今日の晩御飯は肉じゃがだ。
「ギャハハ!まじウケる、物語の主人公かよ!」
「タイムリープしちゃいます的な?ハハハ!」
周りの目も気にせず、大声で笑い狂う女子高生が帰り道に通るコンビニの前でたむろしていた。どの子も髪色が明るくて、校則が厳しいうちの学校の生徒ではないのだけはわかった。ただ、1人を除いて…
「んでさ、今そいつの親友、仲間にしてハブろうと思ってんの」
「うわー!相変わらずやることが怖いよね、理奈は!」
ー理奈?
嫌な予感がして、髪色が違う女子高生の方を見る。
「まじさ、アイツ消すわ。なんか、ウザいし。」
教室で見た時からは全く想像のつかない表情の、前田理奈がそこにいた。
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