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それから数日、何事もないまま時が過ぎた。
気づけば理奈も友達が他にもできたみたいで、数人と一緒の姿を見かけるようになった。
私にはあまりベッタリしなくなっていた。
ほぼ、亜利涼のそばにいたから必然的に理奈と話すことも減っていた。
今日は数学の授業がある日だ。
「テスト返却するぞー」
チャイムが鳴る前に早稲田が教室に入ってきた。半分配り終えたタイミングで私が呼ばれ、教壇へと近づく。ドキドキしながら歩いて行くと、目の前にいる早稲田と目が合った。遠くからじゃわからなかった顔のホクロやまつ毛の長さ、その一つ一つが愛おし過ぎて参ってしまった。
しばらく目が合った後、早稲田は表情を変えて一言。
「お前だけ、赤点だ。」
ーーーーーーえ?
クラス全体がどっと笑いで沸いた。右上には赤く28点。史上最低の点数をまた更新してしまった。それと同時に、クラス唯一の赤点に、とても恥ずかしさが込み上げ、思わず乱暴にテスト用紙を受け取り急いで席についた。
先生のバカ!!
と心の中で呟いた。
その後高校数学の授業が始まり、追いつくのに必死でノートを取った。ある程度の説明があった後、復習問題が出され、カツカツ…とシャープペンの音だけが鳴り響いていた。でも、どうしても進まない。私の脳が完全に数学を拒否しているかのように、さっぱりわからず頭を掻いていた。
「…全然できてないじゃないか。数学苦手なのか?」
横から、少しボリュームを抑えた声で早稲田が話しかけてきた。その瞬間にドキッときてシャープペンを床に落としてしまった。ハァ、と小さくため息をついて拾うと、
「放課後、職員室に来なさい」
と捨て台詞を喰らった。
何かアドバイスをくれるのかと期待したけど、特に何もなく精一杯考えて出した回答は結局不正解だった。
放課後、職員室を覗くと、入ってすぐの左のデスクに早稲田の机があるのが見えた。校長室を少し歩いたところから見える、他のデスクの先生達からは見えない才能の位置だ。
私に気づくと、席を立ち教科書とノートを持って出てきた。何も言わないまま、放送室に導かれ、長机の上にノートを置いた。防音扉のドアノブのガチャという音にびっくりする。
防音の部屋に2人っきり。どう考えても、この状況はまずい。色々と、まずすぎる…けど、あくまで私達はせんへいとせいと。そこを忘れてはいけない。
「まず、分からない、苦手だと思うところから始めようか。」
「全部です」
ブフォッと勢い良く吹き出す早稲田。何がそんなにおかしいんじゃい。
「えっと…まず1+1は分かるよね?」
「バカにしてるんですか?」
明らかにバカにされている。何のための呼び出しなのかよく分からないまま、笑いを交えて2人だけの補習を続けた。
よく考えてみれば、先生を独り占めしているこの時間は苦手克服の為には絶好のチャンスで、相手が早稲田ということもあってか素直に話を聞けていた。
というより、さっきのやり取りで緊張が解けたのかスラスラと物事が理解できるようになっていた。
「先生、私意外と苦手克服できるかもです」
ノートに問題を写しながら呟くと、温かい感触が上から降りてきた。
「ここ違う」
私を包むように、上から被さってくる。同時に、シャープペンを持つ右手と早稲田の大きな手が重なり、正しい数字が書かれる。心臓の音が、大きくなる。こんなことあっていいのか?現実なのか夢なのか分からなくなってしまいそうだ。
方程式を描き終わると、何事もなかったかのようにパッと離れ、横に座り直す。
そんな大人の余裕、私も欲しいよ。ずるいよ先生。
全ての問題が解き終わると、採点をしてくれた。パタンとノートを閉じ、今日はもう帰りなさいと言われ、時計を見ると6時半が過ぎていた。
帰り支度を済ませ、早々に出て行こうと、防音扉のドアに手をかける。
「ちなみに」
いきなりの言葉に振り返る。
「こういう特別補習は、これから部活も始まるし滅多にできないから、ちゃんと自分で復習するように。そういうノートを作って持ってきてくれてもいいから。」
教科書を片付けながらテキパキと支度を済ませているその姿は、数学教師そのものだった。
きっと私の妄想だったんだ。そうだ、と自分に言い聞かせ、
「分かったよ先生。今日はありがとうございました」
と告げ、先に放送室を出た。
美雪の足音が遠くなるのを確認して、早稲田はハァとため息を吐く。
「何やってんだ俺、生徒相手に…」
早稲田も同じく先生と生徒という関係性に悩まされているというのをいざ知らず、美雪の新学期と揺れ動く感情ははじまりを告げた。
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