この道なんて消えればいいのに。

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篠崎隆司はふらつく足取りで自宅までの道のりを進んでいた。今日は仕事終わりに、上司につかまってしまい、度の超えた飲酒をしてしまったのだ。終電を逃し、都心からタクシーで帰ることになった。さらには、降りる場所を間違えて、家から遠いところで降りてしまい、こうやって夜道を歩く羽目になってしまったのだ。 目の前の景色が揺れていた。気を抜けば今にも転びそうだ。泥酔で道端に倒れて、朝方に発見されました、なんてことになれば恥ずかしくてこの町で生きていけない。何が何でも無事に家にたどり着かないといけない。 ズキズキと、頭の内側から鈍い痛みが繰り返される。ご機嫌で酒をすすめてくる上司の顔が浮かび、吐き気が増す。上司は超人的な酒の強さで社内でも有名だ。今日も浴びるように酒を飲んでいた。篠崎もしぶしぶ付き合ったのだが、今になって激しく後悔していた。もうあの上司と二人で飲みに行くことはやめよう。心の中で固く決意した。 その時、道の端で、一人の女性がしゃがみ込んでいるのに気づいた。こんな時間に女性が何をしているのだろうか。篠崎は不思議に思う。さらに、女性は赤い着物を身に着けていた。顔は見えないが、おそらく年齢は二十歳前後だろう。若い女性が着物なんて珍しいものだ。 「ひっく、ひっく」 篠崎が女性のすぐ近くまで来た時、泣き声が聞こえてきた。よく見れば、女性は両手に顔を埋めている。 篠崎はどうしたものかと考えた。こんな時間に若い女性が泣いていて、素通りするのも悪い気がする。だからと言って、見知らぬ男に声をかけられたら怪しむかもしれない。しかもベロンベロンに酔っているのだから、なおさらだ。 ただ、無視して通り過ぎるのも気が引けた。気になってしまうと、放っておけない性分なのだ。篠崎は迷ったが、結局は声をかけることに決め、彼女のもとへと近づいていった。 「あのお、どうかされましたか」 篠崎はその背中におそるおそる声をかける。しかし、何も反応は返ってこなかった。 「あのお、何か困っていることでもあるんですか」 「憎い」 すすり泣きに混じって、かすれた声が聞こえた。 「この道が、憎い」 そう言って、女性が顔を上げた。篠崎はその表情を見て、息を呑む。涙で濡れたその瞳は赤く、まっすぐに目の前の道路に向けられていた。眉間にはしわが寄り、怒りの感情があらわになっていた。篠崎のことは気にもしていない。 「絶対にゆるさない。この道なんて、消えればいいのに」 あまりの気迫に、篠崎はひるんだ。この道が憎い。事情は全く分からないが、何か恨みでもあるのだろう。この女性とは関わるべきではないと、胸の内で警鐘が鳴っていた。篠崎はそっと彼女から離れた。 先ほどとは違い、早歩きで自宅までの道を急ぐ。心臓が激しく鼓動している。いつの間にか酔いは覚めていた。脳裏には、怒りに満ちた彼女の表情が焼き付いてた。 ふと篠崎は彼女の様子が気になり、足を止めて、後ろを振り向く。しかし、彼女の姿はなかった。彼女がいたはずの場所には、小さな瓶に入った花が置かれていた。
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