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キスをしながら部屋の奥へと進み、そのままベッドへと重なる。
「……今日はあまり香らないな」
累を組み敷いた宙也がそう言う。累はそれに頷いた。
「薬飲んでるから。発情を止めることはできないけど、隠すことは出来るんです」
「発情してんの?」
累の言葉に宙也が不敵に笑う。その笑顔に、失言したと思ったが、いい機会なので、全て話そうと、累は宙也の胸を押して体を起こした。
「する……オレは、獣人ですから」
「じゅう……じん?」
宙也が累を見つめ、首を傾げる。いくら学校で習うとはいえ、歴史の一部分に過ぎない。普通の人たちは気にも留めないことだろう。
「これ……オモチャでもなんでもないんです。オレは、うさぎの獣人だから」
累はそう言って、耳をうさぎのものに変える。宙也がそれに視線を向けた。もう何度も見ているので驚きはしていなかったが、少し嬉しそうに微笑んでいた。
「やっぱり、それルイトのなんだ。どうりで似合うと思ったよ」
「そうですか? オレは……弟が天使かってくらい可愛くて似合っていたので、自分はあまり、と思ってるんですが」
明が生まれるまで、確かに自分も可愛いと言われていた。だから実家では耳も出したままで生活していたし、それに違和感はなかった。けれど、明が生まれ、その可愛らしさと比べられるのが嫌で、早くから自分で耳をしまうことを覚えるようになった。累が耳の出し入れに長けているのはそのためだ。
「いや、可愛い。弟のことは知らないけど、きっと会ってもルイトの方が可愛いって思えるはずだ――好きだから」
宙也が真剣な顔をしてこちらを見つめる。累はそんな宙也から視線を外し、俯いた。
「それ、なんですけど……きっと、勘違いです。オレたち獣人は番を探すために香りを使います。動物っぽい言い方をするなら、フェロモン、みたいなもので……今オレはそれを出してしまってる『発情』の状態なので、ヒロさんはそれをキャッチしてしまって、オレが気になってるだけだと思うんです」
明が優と番ったように、人間とだって互いに愛し合えば番うことが出来る。でもそこには愛があるからだ。宙也は今は好きだと言うけれど、初めは体の欲求だった。その欲求から好きという感情だと勘違いしていたら、勘違いだったと捨てられたら――それが怖い。
「……勘違い、か。それさ、もう俺、通過済みなんだよな」
「……どういう、ことですか?」
顔を上げてそう聞くと、宙也は、ぐい、と累の手を引いて累の体を抱きしめた。
「ナンバーワンホストで、女の子大好きな俺が、まさか同じホストでしかもライバルで、俺のこと敵視してるようなお前に恋するなんて、何かの間違いだって……そう思ったんだよ。ルイトから変な匂いするのが悪い、あの匂いのせいだって。けどさ……よく考えたら俺、ルイトと初めて会った時から、お前の事可愛いって思ってたんだよ」
「か、かわ……? え、待ってください。仮にもオレ、ナンバーツーなんですけど……」
女の子たちからカッコいい、素敵と言われて過ごしている今の自分を可愛いと評する人は少ない。櫂ぐらいなものだろう。
「でも、可愛いって思ったんだ。だから、こんな、自分のすぐ下まで来ると思ってなかった。だからこそ、すごく努力してるんだって、思ってたんだ。ルイトはそれを嫌味だと思ってたみたいだけどな」
宙也がくすりと笑う。累の体を少し離して見つめ合う距離になると、その整った顔が近すぎて、累の心臓はドキドキと仕事を早めた。
「そんな可愛い後輩からある時、嗅いだことのない香りがして……初めは俺もフレグランスだと思ったよ。でも、段々とその香りがきつくなって、それと比例してルイトに触れたいって思うようになった。実際に触れて思ったんだ……足りないって。もしこれがフェロモンってやつに惑わされてるだけなら、今はそう思わないんだろ? 匂いがしないんだから」
確かにその通りだ。香りに惹かれて好きだと思っているのなら、香りがほとんどしない今なら、何も思わないはずだ。累がそれに頷くと、宙也はそっと累の唇に自分のそれを合わせた。
「……でも、今、俺はお前を抱きたい。お前が欲しいんだ……累」
情熱的な言葉に、累の心臓が跳ねる。触れた唇が熱を持っている。もう、抗えないと思った。
「……オレも、ヒロさんが、好き、です……」
言葉にすると、一気に気持ちが溢れた気がした。この人が欲しい。この人と番になりたい。体だけじゃなく、心から自分が宙也を欲しがっていることが分かる。
「じゃあ、めでたく両想いだ」
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