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「……全然眠れなかった……」  自宅のベッドで朝日を感じて、体を起こした累は、ぼんやりとしたままため息を吐いた。  宙也の部屋を出てすぐに耳は引っ込んだ。元々累は耳の制御は得意なので、戻すことは簡単だった。それよりも宙也が自分を追って来るのが怖くて、通りでタクシーを拾ってすぐに自宅へと戻って来た。  冷静に考えれば、いくらでもごまかしようがあった気がする。最新のオモチャですとか、店で今度やってみようと思ってたマジックですとか、どうして咄嗟に出なかったのだろう。  累が再びため息を吐いた、その時だった。  ベッドに転がしていたスマホが着信を告げる。画面を見ると宙也からのメッセージで、累は深呼吸をしてから、緊張した指でその画面を開いた。 『カレー、美味しかった。出来れば一緒に食べたかったから、今度はそのつもりで』  メッセージはそれだけだった。耳のことには一つも触れていない。 「……もしかして、ホンモノだとは思われてない……?」  見間違いとか、それこそオモチャのようなものだと思われたのかもしれない。確かに普通に考えれば、うさぎ耳が突然人の頭に現れるなんて、考えないだろう。きっと宙也もそう考えたに違いない。 「……とりあえず、寝よ」  少し安心したら急に眠気が襲ってきて、累は倒れるようにベッドに転がると、そのまま目を閉じ、すぐに深い眠りへと落ちて行った。 結局今週は実家に行かずに自宅で過ごした累は、翌日少し緊張したまま出勤した。今日は同伴はないので開店前に店に着いた。事務所にあるそれぞれのスケジュールを見て、累は小さく息を吐いた。宙也はいつも通りの同伴出勤らしいので、話す機会は夜の時間の閉店までないだろう。累は今日も夜だけの出勤、宙也は日の出も出勤なのですぐに帰ってしまえばいい。 累はそう思って幾分安心してロッカールームで着替え始めた。 今日は少し派手なスーツなのでアスコットタイにしようか、とそれを手に取った、その時だった。ロッカールームのドアが開き、宙也が顔を出す。周りのキャストが一斉に宙也に挨拶をする。けれど宙也はそれに、適当に答えて、まっすぐに累に向かって来た。 「ルイト、どうしてメッセ返さない?」 「え、あ……すみません。読んで、そのまま寝てしまって……」 「俺、あのうさぎの耳のこと……」  宙也がそこまで言ったその時、累は慌てて宙也の口に両手を押し当てた。 「ヒ、ヒロさん! ちょっとこっちで話しましょうか!」  累は慌ててそう言うと宙也をロッカールームから引っ張り出し、そのまま店の裏口から外に出た。 「あの耳は、ですね……」  累が言葉を探しながら口を開くと、目の前の宙也は、分かってるよ、と微笑む。 「おもちゃとかって言うんでしょ?」  宙也が笑顔で言うので、累はその言葉に乗っかるように頷いた。 「そ、そうです! びっくりしました?」 「うん、びっくりしたし、めちゃくちゃ可愛かった。でも俺は、その耳の仕掛けが聞きたいんじゃないんだ」  宙也に言われ、累がその顔を見つめたまま首を傾げる。そんな累に宙也は優しく笑い、そっと頬に指を伸ばした。 「どうして、あんな可愛いもの、俺に見せてくれたの?」  宙也に言われ、累の心臓はどきりと大きく高鳴った。宙也から、つい、と視線を外すが、宙也の指は累の頬にかかったままで、どうしたらいいか分からず、えっと、と口を開く。 「ヒロさんびっくりさせて動画撮ろうかな? みたいな……?」  累が苦し紛れの言葉を並べると、宙也の眉の端が角度を変える。 「動画? それだけ?」 「は、はい……でも、結局撮れなくて、逃げ帰りました、けど……」  累が言うと、宙也はあまり納得していない顔で、ふーん、と累を見つめる。それから、じゃあ、と口を開いた。 「この香りは何? ルイト、香水の類苦手で付けないよな?」  累はひとより嗅覚が鋭くて、具合が悪くなるので自分自身は香りを纏うことはない。今日だって何も付けていない。 「……衣装の香り、とか?」 「昨日も同じ香りがした。もしかして、ルイトこそ枕やってる?」  宙也がこちらに鋭い視線を向ける。累はそれにむっとして応戦するように宙也を睨んだ。 「それを言うなら、ヒロさんだって、昨日と同じ香りがします。香水とは別の香り……ヒロさん、今日同伴でしたよね?」  累が言うと、宙也が表情を鋭く変えた。 「ルイトは、俺が女抱いてからここに来てるとか思ってんだ? 最悪だな、ルイト」  抱けるなら抱きたいよ、と呟いて宙也は累を抱き寄せた。ぎゅっと背中に腕を廻され、累はそれに反応できないまま、宙也の腕の中で、え、と小さく叫ぶ。 「ヒロさん、離して……」 「……どうして、女より抱きたいとか思うんだよ」  耳元で囁かれた言葉に驚き、累は思い切り宙也の胸を押す。たたらを踏んで宙也が離れた、その時だった。裏口のドアが開き、櫂が顔を出す。 「こんなところでトップ二人が何やってる? 店開けるぞ」  その言葉に累と宙也が、はい、と答える。櫂に続いて店の中に戻ろうとすると、宙也に腕を取られた。 「また、話したい」 「……失礼します」  宙也の言葉には答えず、累は宙也の腕を解いて歩き出した。 「……オレだって知りたいんだよ……」  宙也に触れられると熱くなる体の意味が知りたい。けれどやっぱり知りたくないような気がして、累はため息を零した。
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