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「ルイト、今日はとりあえず指名三人、全員セットだから、上手く廻れよ」  店に出ると、カウンターの端でパソコンを開いていたマネージャーが累に言う。累はその画面を覗き込んだ。 「……時間もほぼ同時の来店なんだ……了解です。三十分ずつ廻ってその後は謝るかな」  フリーの客も来るかもしれないと思えば、一時間はつけないだろう。マネージャーにそう話すと、そうだな、と頷いた。 「そろそろルイトも、ヒロみたいにフリーで来てって言えばいいのに」  ルイトならきっとそうしてくれる客多いだろ、と言われ、累は苦く笑った。 「まあね……実際、フリーで来てくれる人も居るけど、彼女たちの仕事考えるとさー」 「ルイトの客は一般職が多いからな。でもホント、ルイトは変わったホストだよ。客同士が仲いいなんて、そうそう聞かないし」 マネージャーの言う通り、累の客は張り合ったり牽制しあったりということはほとんどなく、穏やかだ。推しのアイドルを一緒に応援するイメージ、と前にマリが言っていた。 「まあ、ヘルプ上手く付けてやるから」  そう言われ累が頷く。そこへ誰かの腕が伸びて、累は驚いて後ろを振り返った。 「ルイト、今日指名重なってるの? 俺、ここ空いてるから、ヘルプ入ろうか?」  そう言ったのは宙也だった。パソコンの画面を指さし、ここ、とマネージャーを見やる。 「気持ちは有難いけど、ヒロは自分の客で手一杯だろ。みんなフリーだし、自分の客に付けるだけ付けて、たくさん飲ませて貰え」  マネージャーに言われ、宙也が不機嫌な顔をする。とはいえ、今の場合は、マネージャーの言葉が正しい。 「そう……じゃあ、空いたら付く」  宙也はそう言うと、自分の客のテーブルを確認してからホールへと出て行った。 「……最近のヒロ、ちょっとおかしくないか?」  その後ろ姿を見送るマネージャーがぽつりと呟く。累はそれに首を傾げた。 「前からルイトのことは気にしてたけど、ヘルプに付くなんて絶対言わなかっただろ」 「そう、ですね……」  それ以上におかしいところがたくさんあるのだが、それは口にすることなく累も客のテーブルを確認してからホールへと向かった。 「ルイト、久しぶり!」  さっそくテーブルへ付くと、そう言って微笑む若い女性客が待っていた。彼女は事務のアルバイトで生計を立てていて、こうして店に遊びに来るのも月に一度だった。宙也なら、さっさと切ってしまう客だ。 「今月も来てくれてありがとう。無理してない?」 「ないわよ! わたし、ルイトに会うために働いてるんだもん」  彼女の隣に座ると、彼女は累に抱きついた。累がそんな彼女を柔らかく抱きしめ返す。すると、遠くの席についている宙也と目が合った。接客中だというのに、目が合うなんて仕事してない証拠だ。累はそんな宙也から視線を外して、ゆっくりと腕を解いた。 「ちゃんとご飯食べてよ?」 「うん。ルイトに怒られてから、ちゃんと食べるようになったよ。そしたらね、ちゃんと働けるようになって……来月から正社員、決定しましたー!」  女性客の言葉に累はもちろん、ヘルプについていた若いキャストも、おお、と驚いて拍手をする。 「だからね、来月はフリーで来るから! 今までのお礼させてね」 「お礼なんて……オレが言う方じゃん」 「ううん……ルイトはわたしの心の支えだから。ルイトのためだから頑張れるんだ」  そう微笑まれ、累は、そっか、と頷いた。それから彼女の肩を抱いて、耳元に唇を寄せる。 「もっとオレのためにキレイになってよ」  そう囁いてから離れると、彼女は顔を赤くして頷いた。もっと頑張れる、と瞳も潤ませている。  こういう時、ホストでよかったなと思う。累にとってはたった一言だけれど、きっと彼女の力になれたと思う。疑似恋愛を楽しむ場所とはいえ、偽物じゃない想いもあるのだ。  累がうれしそうな彼女を見ていると、失礼します、とボーイが累を呼んだ。累が顔を上げると、ボーイの後ろには宙也が立っていた。 「ヒロ……?」  当然客も驚く。累も呆然としてしまった。そんな二人に宙也は微笑み、座っていい? と聞いた。 「も、もちろん……だけど、わたし、ヒロのこと呼んでないよ?」 「時間空いて……そこに可愛いプリンセスがいたら、吸い寄せられちゃうものでしょ?」  宙也はそう言うと、彼女の手を取って微笑む。累はその様子を見て小さく舌打ちをした。心の底がざわつく。 「やだ、ヒロにそんなふうに言われたら嬉しくなっちゃう」 「嬉しそうなその顔が見たくて、正直に言ってるからね」  宙也が彼女の髪に触れ、言う。するとそこに再びボーイが現れ、宙也を呼んだ。 「ごめん、もうお別れだって。またね、プリンセス」  宙也はそう言うと、席を立ち、ホールを歩き出した。それを見送り、累は大きなため息を吐く。 「……ルイト、ヒロってあんなヤバいんだ……ハマる子の気持ち、ちょっとわかった……」 「いや……うん。あいつはヤバいんだよ」  すぐに女の子を虜にしてしまう。それが宙也の魅力だ。強引さだけじゃなく、捕まえられない蝶のような自由さもあるから、追いかけたくなる気持ちはわかる。 「でも! わたしはルイトに会いに来るから……多分」  その言葉に累が笑う。宙也と比べられてしまったら、悔しいけれど仕方ないと思う。累に宙也ほどの器用さはない。 「失礼します。ルイトさん、そろそろ……」  累が話笑っていると、ボーイがそう言って近づいた。
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