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 午後六時を過ぎ、累がマリと店に着くと、店内は既に客で混みあっていた。 「ルイトさん、おはようございます」  案内を担当しているホールスタッフが累に声を掛ける。 「マリちゃん席に案内しておいて。着替えて来るから」 「はい。本日はフリーですか? セットですか?」  この店には、料金体系が二種類ある。キャストの指名からフード、ドリンク全てを単品料金として頼むフリー、いくらか制限はあるが一律料金で楽しむことができるセットだ。  他の店にはほとんどない料金体制だが、これは櫂が、ホストクラブの敷居を低くしたくてやっていることだった。初めはセットで来て、嵌った客のほとんどはフリーでお気に入りのキャストを指名する。そしてキャストが飲みたいものを注文するようになるのだ。  他にもプレイヤーのことをキャスト=出演者と呼ぶのは、この店が舞台で、客がヒロイン、プレイヤーはそのヒロインと恋をする役だから、という意味が込められている。  櫂特有のルールや呼び方が多く、客もスタッフも最初は戸惑うが、慣れてしまうとしっくり来る。だからこそ、スタッフを増やしながらこの店を維持しているのだろう。 「マリちゃんはセットで、オレ一時間指名で」 「はい。かしこまりました」  累の客はごく普通の会社員や学生が多い。そのため、累自らが毎回セットを勧めている。もちろん一度に支払われる金額は小さいので、売り上げとしては多くはないが、累はお金のことを気にせず楽しんでもらって、また来て欲しいと思うのだ。それが累の営業方法だ。そんな彼女たちが、たくさん来てくれることが嬉しいので、このスタイルを変える気はなかった。 「ルイトさん、今日週末でお客さん多いんで、セットのお客さんには一時間で退席してもらえるようにキャスト側で調整してるんですが、いけますか?」 「あ、そう……うん、オレの客は大丈夫。他に来てる? オレの客」  本来、二時間のセットなのだから二時間はそこにいる権利がある。けれど、客が帰りたくて帰るのならそれをわざわざ止める義理はない。累の客はそういうことを理解して来ている客が多いのだ。 「着替えたら、今いる客のとこ、五分ずつ廻る。その後マリちゃんとこ行くから繋いどいて」 「了解です」  スタッフと話してから累はスーツに着替え、再びホールへと出る。スタッフから早く店に来てくれている順を教わり、その順で席を廻っていく。全員に『今日は混んでるから』という話をすると、その全員が『ルイト指名してないのに来てくれたからいいよ』と言ってくれた。やっぱりこういう客との関係が好きだった。無理なく楽しんで、その対価として少しだけお金を落としてくれる。それでいいと思うのだ。 「お待たせ、マリちゃん。キラトの話、面白いだろ?」  累はようやくたどり着いたマリのいる席に座ると、サポートでついていた後輩を見やった。 「うん、楽しかった! 名前キラトなのに実家もやし農家さんで暗いところで仕事してたって、キラトくんのテッパンネタでしょ、絶対」 「バレてるぞ、キラト」  累がそう言って笑う。キラトも、やっぱり、と笑った、その時だった。
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