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「どうしてこんな真夜中に他人の家でカレーなんて……」
鍋の中でぐつぐつと煮込まれるカレーを見つめながら累はため息を吐いた。
「俺は、仮眠取ってからでもいいよって言ったからな。ルイトがすぐ作るっていうから」
午前二時、宙也の家のキッチンで、ガラス製の徳利と御猪口を取り出している宙也が不機嫌にそう言った。その言葉に累が、そうじゃなくて、と返す。
「大きな独り言だと思ってください……」
そもそもどうしてここに来て料理することを承諾したのか、という話だ。累の中で、宙也はあまり仲良くしたくない人だというのに、材料費と日本酒に目がくらんだ、なんて数時間前の自分を殴りに行きたい。
「なんだよ、それ。ほら、この酒。冷やが美味しいっていうから、冷やしておいたんだ」
宙也は累に御猪口を手渡すと、徳利から酒を注いだ。累が、いただきます、とそれに口をつける。確かに美味しい酒だった。累をここへ呼びたいがためのデタラメというわけでもなかったらしい。
「なんかさ、キッチンで並んで飲みながら料理って、新婚夫婦みたいじゃないか?」
「……は?」
宙也の言葉に累が眇めた視線を送る。宙也はその視線を気にも留めず、言葉を繋ぐ。
「ルイトが新妻で、俺が旦那。一人で料理するのは寂しいだろうから、一緒に居るんだよ」
「……ヒロさん、妄想好きなんですね……オレは嫁の気分ではないですけど」
累がそう答えて、御猪口を呷る。中を空にすると、宙也が徳利を差し出しながら、じゃあ何? と聞いた。
「そうですね……さしずめ、奴隷ですか」
持っていた御猪口に二杯目を注がれながら、累が言うと、宙也が笑った。
「奴隷かあ……性奴隷とかなら興味あるかも」
「……ヒロさんなら、そんなものいなくても、下半身休みなしじゃないですか」
枕営業をしているとは聞いたことはないが、アフターにはよく行っているみたいだし、そういう関係もあるだろう。
「何? ルイトの中で、俺ってそんな軽い男になってるの? なんか想像してたら悪いけど、俺、客とは寝たことないからな」
累の言葉に宙也がいつになく真剣に言う。累が、そうなんですか、と特に興味もないので流そうとすると、ぐい、と肩を掴まれた。強制的に宙也の方に体を向けられ、累が困惑した表情を作る。
すると次の瞬間、宙也は累を抱きしめた。
「ヒ、ロさん……?」
驚きで声が裏返る。それを聞いた宙也は、くすくすと笑いながら、それでも累の体を離さなかった。
「俺、店でどんなに飲んでも全然酔わないんだけど、今酔ってんのかな?」
「知りませんよ! それより離してください。この間から、キスしてきたり……冗談が過ぎます」
累は宙也からふわりと香るその香りに軽いめまいを覚えながら身じろぎした。けれど、宙也は離すどころか、益々強く累を抱きしめる。
「ねえ、ルイト。俺がおかしいのか、お前が誘ってんのか分かんないんだけど……すごく今、お前を抱きたい」
耳元でそんなことを言われ、累は心臓がびくりと跳ねるほど驚いた。ふわりと宙也の香りが強くなり、累もなんだか変な気持ちになる。ろくな抵抗が出来ず、宙也を見上げた、その時だった。
「ルイト……頭のそれ……」
驚いた宙也の顔を見て、累は咄嗟に頭に手を寄せた。普段は絶対に出さない、うさぎの耳の感触に、累は慌てて宙也の腕を全力で解いた。
「うさぎ……? え、可愛いんだけど、それ……」
宙也がこちらに手を伸ばす。累はそれから逃げるように後退った。
「な、んでも、な……失礼します!」
言葉が何も思いつかなくて、累はそのまま逃げるように宙也の部屋を出た。
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