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「みんな今月もお疲れ様。恒例の順位の発表をする」  煌びやかな照明は落とされ、フロアのダウンライトだけが点いている営業終了後のホストクラブにそんな声が響いた。  いつもは客優先で座っている肌触りのいいソファに今はこの店ではキャストと呼ぶホストが座り、オーナーの次の言葉を待っていた。  十位から発表するぞ、と言う声を聞いて、兎田累(とだるい)は欠伸をしながら、ネクタイの結び目を解いた。制服である以上仕方ないが、スーツというのはどうしても堅苦しくて未だに慣れない。  兄の(かい)が経営するこのホストクラブに入社して八年、キャストとして働き出して五年、累は源氏名『ルイト』としてきちんと実績を積み上げてきた。  だから毎月のランキングの下位には興味がない。決して自分の名が呼ばれることはないと分かっているからだ。 「今月の二位は、ルイト。惜しかったな」  櫂がこちらに視線を向ける。ちっと舌打ちをしてその視線から逃れようと顔を逸らすと、隣の席に座っていたキャストと目が合った。 「今月も一位はヒロだ。ほら、お小遣い」  その目の合ったキャストが呼ばれ、はい、と答えて櫂の元へと向かう。白い封筒を受け取り、ありがとうございます、と嬉しそうに微笑んでいる。  累は苛立ちまぎれにネクタイを引き抜いて立ち上がった。 「よーし、みんな、ヒロさんが奢っちゃうよ! 飲みに行こう!」  にこにこと封筒を掲げそう言うのは『ヒロ』こと、国重宙也(くにしげひろや)だ。累がキャストデビューする三か月ほど前に入ってきて、あっという間に一位を獲り、その後五年間一位は彼のものだ。ナンバーワンホストになりたいという累の望みを絶ち切ってくれるのはいつもこのいけ好かない先輩だった。  整った顔立ちに黒い髪は会社勤めでも出来そうなくらい真面目そうだが、話すと明るく話題も豊富で何より客を『プリンセス』と呼び、王子のような振る舞いでもてなすのが宙也の接客だった。見目は完璧だし、累もカッコいいと思う。ただ、累はライバルというフィルターもかかって宙也をあまりよく思っていなかった。 「ルイト、お前も来るだろ?」  そんな宙也が累に声を掛ける。この店では櫂の言いつけで、キャスト同士でも本名を呼ばない決まりになっている。客に本名がバレて、ストーカー行為に発展した過去があるのも理由のひとつだが、『本名は本物の恋愛の時に呼んで貰え』ということらしい。櫂自身も店ではキャスト時代の源氏名のカイト、もしくはオーナーと呼ばれている。 「絶対行きません!」  そう答え、累はフロアから裏へと入る。宙也がその後を追って来た。 「奢りだよ? たくさん飲んでくれるだけでいいのに」 「行きません。どうしてオレがヒロさんに奢られなきゃいけないんですか」 「だって、今月もおれが一位で……」  ロッカールームのドアを開け、累がスーツの上着を脱ぐ。そのままクリーニングのカゴに放り投げると、後ろから付いてきていた宙也を睨み上げた。 「ナンバーワン賞で出た金で飲む酒なんか美味しくないです! 来月は絶対オレがナンバーワン獲ります!」  ふん、と宙也から離れ、累が着替え始める。それを見ていた宙也がくすくすと笑う。 「うちのナンバーツーはホント強気だな」 「ヒロさんに負けたくないだけです!」 周りで着替えていた他のキャストは毎月恒例のこのやり取りに呆れたように笑っていた。  キャスト同士、ライバルとして空気の悪い店もあるらしいのだが、この店はトップの宙也がこうしてみんなで飲みに行ったり、気を廻しているので、割と仲は良い。累のように宙也に対してこうして噛みついているのは珍しいのだ。 「いい加減どっちか折れたらいいのに」  一人のキャストの呟きに累はため息を吐いた。 「……成績発表で残業させられてイライラしてんです! お疲れ様でした!」 累はそう答えるとシャツのボタンを外し、ロッカーを開けた。宙也がそんな累を見て微笑み、口を開く。 「……また来月誘うよ、ルイト」  また来月も自分が一位を獲るという宣言に聞こえた累は、着替えが終わると乱暴にロッカーを閉め、そこを後にした。
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