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次の日も、私の体調は戻らなかった。私は家族と話し合い、病院で入院することを決めた。
病院での一日はつまらなかった。
趣味もなければ友達もいない私は、余命宣告をされてもすることもしたいこともなかった。
一人ただぼーっとして一日目は終わっていた。
そしてまた次の日がやってきた。目が覚めると、私は今日も生きてることを確かめるように自分の手を見つめていた。
昨日はいなかったはずのセミが木に止まって鳴いている。私はこのセミよりも早くこの世界から消えるんだと思うと、蝉の声が鬱陶しく聞こえ布団に潜り込んだ。
病室のドアが開く音がした。きっと他の患者さんの知り合いか何かだ。私は変わらず、暗い布団の中で自分の呼吸の音を聞いていた。
すると、突然光が差し込んだ。
そこにいたのは私の弟だった。
「なにしてんの?」
弟の髪はぐちゃぐちゃで汗だくだった。
「そっちこそ、こんな所で何してるの?」
「お姉ちゃんに会いにきた!いやー、今日午前授業だったんだけどこの時間超暑いね!走ったら汗だくだよ」
弟はそう言いながら、制服の襟で仰いでいた。
「なんで?なんでわざわざ来たの?予定がないなら家で勉強でもしてればいいのに」
「え、ごめん、怒った?だって、勉強なんてどこでも出来るし!迷惑だった?」
迷惑なわけない、でも、
「私が可哀想だと思ってるんでしょ?」
「え?」
「生きる意味もない私が、意味を見つけることもなく呆気なく死ぬんだもん。急に優しくなったのもそれが原因でしょ?私が死ぬってわかったから態度を変えるなんて、最低。馬鹿にしないでよ。」
私は気づかないふりをしていただけで、本当は自分が死ぬという現実を受け止めたくなかったんだと思う。
「そうか、そうだよなぁ。はぁ。俺って本当最低だな。お姉ちゃんに幸せでいて欲しかったのに、お姉ちゃんを傷つけちゃった。本当ごめん。」弟は泣き出した。
ほら、やっぱり同情だったんだ。私は弟の反応を見て勝手に失望した。
「でも、お姉ちゃんが病気になった事と、これとは少し話が違うんだ。今から話すことは、信じて欲しくて話すんじゃない。ただ、最後まで聞いて欲しい。」
弟はやけに真剣な表情で、少しだけ手が震えていた。
「俺さ、実は、さ、毎日眠るたびに、お姉ちゃんとの記憶だけが消えてたんだ。お姉ちゃんがどんな人でどんな顔してて、どんな風に話すのか。何にも覚えてられなくて。でも、信じられないとは思うんだけど、俺には前世の記憶があるんだ。前世のお姉ちゃんは俺の存在をないものにしようとしてた。目を合わせてくれたことも、一度もなかった。嫌われてたんだと思う。きっと俺に原因があったからしょうがないんだけどね。だから、今世のお姉ちゃんには嫌われないようにと思って、俺は」
「そんなの嘘に決まってる。だって、誕プレのことだって覚えてたじゃない」
「それは、日記に書いてあったから」
私はこの後に及んで嘘をつく弟が許せなかった。
「それにしては随分冷たい誘い方だったけど?それにいつも舌打ちしたり、壁に……」
「ちょっ、ちょっと待って!一つずつ言い訳させてほしい!」
弟は、両手を出して私の話を止めた。
「俺、前世でアメリカに住んでたからその時の癖で!ほら、英語話者って考えてる時とかに舌鳴らす時あるんだよ。それがつい出ちゃっただけ、舌打ちじゃない!」
「じゃあ、壁の穴は?」
「壁の穴もわざとじゃない!体育の授業で倒立が出来なくて、その練習してたら失敗して何度も壁を蹴っちゃったんだよ。」
「嘘だ。そんなの全部嘘。だって、だって、私にいつも冷たかったじゃない。あれがあなたの本当の性格なんでしょ?」
「え、いや、それは、違う。俺は毎日どんな人かわからないお姉ちゃんと話すから、今世こそお姉ちゃんに嫌われたくなくて、お姉ちゃんの部屋にある漫画を読んでみたんだ。そしたら、主人公の男の人がこう冷たい感じ?だったから、同じようにしたら、嫌われないかと、思っ、て……」
私は小学生の時に少しだけハマっていた少女漫画を弟に読まれたことに気づき、恥ずかしかった。けど、それ以上に真剣にその少女漫画を読んでいる弟を想像すると面白くてしょうがなかった。
「たしかに、昔読んでた漫画の主人公はそんな感じだったけど、ふふっ、でもさ、それとこれとは違うでしょ。好かれようとしてあの性格をわざと演じてたなんて、面白すぎる」
「あ、お姉ちゃんが笑った!」
「え、あ、いや、私は怒ってるんだから。
でも、結局、急に性格を変えたのは私が可哀想だったからでしょ!?」
「違うって。俺がお姉ちゃんの頭についた綿毛をとろうとしたことあったろ?その時、お姉ちゃんが昔、俺の頭についてた綿毛を優しく取ってくれたの思い出したんだ。それを思い出した瞬間、今までの記憶が急に頭に流れ込んできたんだ。そしたら、こんなに良いお姉ちゃんがいなくなっちゃうんだって、急に、悲しくなって。確かに、お姉ちゃんが病気になったことが原因ではあるけど、決してそういうんじゃない。嫌われるってわかってたけど、冷たくなんて出来なくなっちゃったんだ。ごめんなさい」
あの時流れ込んできたのは走馬灯じゃなかったんだ。
きっと、その綿毛が記憶のトリガーで、私の記憶も呼び起こしたんだ。なにより弟は私を可哀想だなんて思ってなかった。弟はちょっとずれてはいたけど、私が知らなかっただけでとっても優しい人だった。
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