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女の子は西原 亜弥と自己紹介した。
亜弥ちゃんは今、あたしの家の縁側に腰掛けて下駄の鼻緒で擦りむけた足を休めながら冷たいコーラを飲んでいる。
置いてきた、というのは同級生で、加賀美くんという名前らしい。
しかも加賀美くんは亜弥ちゃんの片思いの相手なのだそうだ。
「どうして、せっかく花火大会に一緒に行くことになった『好きな人』を置いてきちゃったの?」
ジャックは花火が上がるたび、不安そうにキューンと鼻を鳴らす。
あたしはその丸い頭をぐりぐりしてやりながら、亜弥ちゃんに質問した。
亜弥ちゃんはコトンと半分残ったコーラのグラスを縁側に置いた。
「加賀美くんが好きなのは、同じバレー部の下柳ヒロムくんなんです」
「ヒロムくん……」
「ずっと加賀美くんを見てたからわかっちゃったんです。でも加賀美くんは絶対バレたくないみたいで……それで私、言ったんです」
「なにを?」
「誰にも言わないから、私と付き合ってって」
あたしは唖然として亜弥ちゃんを見つめた。
非難したり責めたりしたわけじゃなく、ただただびっくりして。
「最低でした。言ってからずっと後悔してました。でも一緒に花火大会に行けることになって嬉しくて」
亜弥ちゃんは今日のために浴衣を選んだり髪を結ったり精一杯おめかしして花火大会に臨んだのだろう。
「加賀美くん、ちゃんと来てくれたんでしょう?」
亜弥ちゃんは頷いた。
加賀美くんは時間通りに待ち合わせ場所に来てくれた。
一緒に屋台を見て回り、亜弥ちゃんが慣れない下駄で歩き疲れてしまったのを見て、ちょっと休もうと公園のベンチへ連れて行ってくれた。
「そこで私、加賀美くんにキスして、って言ったんです」
あたしはふたたび唖然とした。
今度は多少の非難の眼差しだったかもしれない。
亜弥ちゃんは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「加賀美くん震えてました。泣きそうな顔で私を見て、でも断らなかった。それで私、逃げ出してきたんです」
「バカね」
「バカです」
「言語道断だね」
「その通りです」
亜弥ちゃんは即答した。
誰かに責めてもらいたかったのかもしれない。
けれど、あまりに素直に非を認め、しょげ返っている人間を相手に、いつまでも辛辣な態度でいることは難しい。
「加賀美くんに謝りたいです」
「そうだね」
黙りがちなあたしたちには構わず、花火大会は佳境を迎えていた。
同心円に芯を重ねた肝入りの尺玉がフィナーレを盛り上げ、どよめくような観客の声をかき消すように破裂音がとどろく。
ジャックはあたしの脇の下に顔を突っ込んで固まり、亜弥ちゃんは放心したように花火が散ってゆくのを眺めている。
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