記憶力はある方

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 こういうふうに自分語りすることが特別好きってわけじゃないけど、せっかくの機会だからやってみたいと思う。  最初に名前を言うと、岩原卓司、二十三歳でフリーターやってます!  二年前から都内で一人暮らしをしてて、実家の親とはちょっと疎遠になったけど関係悪いわけじゃないし、まあちょうどいい距離感かなって感じ。  自慢じゃないけど彼女がいまして、リカっていうんだけど、何か昔の有名なドラマで同じ名前の主人公がいた?とかで、よくそれを言われて、でも知らないっての。俺の世代じゃないし。  それで、こないだ仕事終わって、あ、仕事って「DEEP」って店でバーテンやってんだけど、そのまま仕事仲間の雄介と飲みに行って、なんかフラれたっていうから慰めも兼ねててね、ずっと寝不足だったから頭ふらふらで、正直早めに帰りたくてさ。でもまあ目の前で落ち込んでるヤツがいるわけだし、朝までコース覚悟して、行きつけの居酒屋に行ったんです。  三月ってまだすげえ寒いじゃん、飲むのはいいんだけど、酔いつぶれてそこらへんで爆睡して、風邪ひかないかなって、それが一番心配だった。心配そこ?って感じだけど。  飲んでると、ことあるごとに雄介が、お前はいいよなーとか言うわけよ。  雄介はリカのことは知らないんだけど、もう女なら誰でもいいから付き合いたいとか、機会があれば奪ってやるとか、そういうこと彼氏の前でよく言うよなと思ったけど、基本的に俺、細かいこと気にしないからさ、まあいいかって。  でもいいことばっかでもないんだぞって言ってやった。  ついこないだのことなんだけど、リカがうちに泊まりに来て、メシ食って、テレビ見ながらまったりしてたら、なんかちょっと険悪になったんだよね。きっかけはくだらなくて、ドラマに出てた俳優で、「この人、リカ好きだったよな」って言ったら、「全然好きじゃないし、好きだったこともない」って。  俺は記憶力はいいほうだから、いや間違いないって思って、「ほら、映画館で見たじゃん、刑事モノのヤツ。それで犯人役やってたとき、銃の持ち方が渋いとか何とか」って言ったら、「渋いとは言ったけど好きとは言ってない」って言った。それに続けてリカは、「単なる勘違いならいいけど、卓司はいつも人の言ってることを捻じ曲げて覚えるし、完璧に思い込むからすごくヤダ」って文句言ってくる。「二人で言った言わないの話になったら、多数決もできないし、ヘタしたら私が間違ってた感じにもなるじゃん」とか言うわけ。  いやちょっと待てよって思って、「だったら実際お前が間違ってる可能性もあるじゃん、言った言わないって本当のところがわかんないから問題なわけで」って返したあたりから超険悪。もうその話はやめたけど、これ見よがしにデカいため息つくし、だんだんと一緒にいるのが苦痛になってきて、それが伝わったのか、リカが「今日は帰る」って言ったので、正直俺はほっとしたんだ。  あ、言ってなかったけどリカは看護学生やってて、ウチの店に飲みに来たときに知り合った。三つ年下で、最初は可愛いって思ったんだけど、すげえ図太いし、ヘソ曲げたら機嫌直すのにめちゃくちゃ時間かかるし、面倒だよって雄介に言った。そしたら「何言われてもノロケにしか聞こえない」だってさ。  雄介は「お前が言う、ついこないだって、具体的にいつのことだよ」って言うから、おとといだって言ったら、ホントについこないだだなって笑いやがった。でもケンカはずっと前からしょっちゅうだったし、リカは怒ると外からドアを蹴りつけるから、中にいるとすごい怖いんだよ。ドカッドカッて、借金取りみたいにすげえ迫力だからな。  それ言っても雄介にはあんまり効果なくて。  それから写真見せろってしつこいから、後で見せてやるって言ったよ。最近撮った写真ならスマホにも何枚か保存してたけど、もっと写りがいいのがあるはずって思って、後で送るって言ったんだよな。そういうところ見栄っ張りっていうか、自慢したくなるタチ。  結局酔っ払って朝になって、雄介とは別れた。歩ける距離の店を選んでたから、俺も絵に描いたような千鳥足で家に向かった、多分ね、まわりから見たらそうだったと思う。そんでやっぱ、三月の朝は寒いんだってこと実感したね。  自分の部屋に戻ったら、部屋に前にリカがいて、驚いた。  何も言わないで口を真一文字に結んでたから、「え、何」って聞いたら、「受かった」って一言だけ答えた。それで思い出した、昨日は看護師試験の合格発表日だったって。俺ずっと忘れてて、気にもかけてないし、こないだ険悪になったのって発表日の前日だったのかって思ったら、申し訳ないって感じるより前に「やばい」って思った。  でも受かったんなら結果オーライなのかな、「おめでとう」って言ってやったんだ。リカは喜びもせず、じゃあ眠いから帰るって、くるっと背中を向けてさ、その背中がすげえカッコ良かったんだよ、何故か、わかんないけど、国家試験に受かった彼女ってさ、俺は中退でフリーターだし、何かもう自慢したくなって、でも今はそういうこと言えた義理じゃないし、何かよくわかんないけど、とりあえず後ろ姿のリカをスマホのカメラで撮った。  部屋に入ったら、もう何もしたくなくて、雄介に撮ったばかりの写真を送ってから、ベッドに倒れ込んで寝ちゃった。  まどろみの中で、例の音が聞こえた。ドアを蹴る音。例によってドカッドカッて強烈な音で、おいおい嘘だろって思いながら、起き上がるの面倒で、寝てたんだ。リカがなんでこんなこと、だって試験は合格したし、俺はおめでとうって言ったし……って考えながら、結局また寝た。  起きたのは夕方だった。目が覚めたらもう頭痛がひどくて、もともとそんなに酒に強いわけじゃないけど、何かひどい飲み方したのかなって思うくらい。  ちょうどそのタイミングで、雄介から電話がかかってきたのね。  そんで「おい岩原、今朝のアレ、何だよ」って聞いてくる。俺が「今朝のアレって、何だよ」と、ほぼ同じ言葉で聞き返しても、ぴんと来てない感じだった。  雄介の言うことでは、昨日の今朝方に別れた後、俺からのラインを受け取って、やっぱり一人の家に帰るのが寂しくなって、すぐに俺の家に来たんだって。だったら連絡くれりゃよかったのにって思ったけど。そしたら雄介は、家のドアを蹴りまくってる俺を見たっていうのよ。何で俺が俺の家のドアを蹴るんだよって答えたんだけど、こっちが聞きたい!の一点張り。気持ち悪いから声かけずに帰ったっていうんだけど、ひどい話だよな。  いつも誰かがドアを蹴ってきてうるせえなって思ってたけど、俺が蹴ってたのかな。夢遊病とか?でもさ、普通、どんな理由があってもドアを蹴ったら覚えてるでしょ。それに記憶力とか普通の人以上にあるし、頭は良い方なんだ。だからやっぱり信じられないんだよな。  あと雄介はもうひとつ、変なことを言ってて、送ってもらった写真には誰も写ってなかったぞって文句を言うのさ。  もったいぶらず、リカの顔を見せろって。雄介は何度も「リカ」って言った。  俺、ここがちょっとわからなくて。  雄介がリカってお前の彼女なんだろっていうけど、俺に彼女なんていないし、リカなんて言われてもよく分からない。よくある名前だからそういう知り合いが過去にいたかなと思って考えてみたけど、いないんだよな、そんなの。  何か昔の有名なドラマで同じ名前の主人公がいた?ってのは何となく知ってたけど、俺の世代じゃないっての。  とにかく話がかみ合わなくて、しまいに雄介は怒っちゃって、電話を切りやがった。  何か言いがかりを付けられてる気がするけど、仕方ない。雄介はそういうところがあって、要するにちょっと子どもなんだ。俺はもともと細かいことは気にしない方だから、まあいっかって思って、とりあえず二日酔いを治さなきゃってことで、少し外を歩こうと思った。  三月はやっぱり寒くて、歩いていると頭がしゃっきりしたよ。街は喧騒がひどくてあんまり好きな環境じゃなかったけど、でも自分で選んだ部屋だったから仕方ないなって思って、それで三年経ってる。  で、今日はオフだったからシフトは入ってないけど、ちょっと店に立ち寄ろうと思って、店のほうに歩いた。店って、俺が勤めてる「DEEP」って店ね。その名のとおり、地下にある店なんだけど、その店が入ってるビルに着いても、地下に降りる階段が見当たらなかったんだよね。夜は派手な電飾の看板が出てるはずなんだけどそれも無くて、片づけたのかなと思ってしばらく探したよ。  探してる最中に何を探してたか忘れることってあるじゃん。  俺が自分で自分をすげえなって思うのは、そのまま探し続けること。見つかったときに思い出すだろって思うわけ。これってけっこう、誰でもたどり着ける境地じゃないと思う。  まあ実際にはホントに分からなくなることなんかなくて、今だって俺は、メシ食いにきたことはちゃんと覚えてるわけさ。  だったらやっぱ、繁華街に行かなきゃな。記憶力はちゃんとある方だから、ちょっとくらいアルコールが入ったって、そこはちゃんと覚えてる。メシは繁華街で食うもんだって。  そんなタイミングだったから、もし近くに行ったことないカフェでもあれば入ったと思うけど、ここらはもう知り尽くしてて、適当な店が見つからなかった。歩いているうち、だんだんと、さっきはあいつに悪いことしたなって気持ちになってきて、電話しようと思った。フラれたって言って大騒ぎしてたな、たかが失恋で情けねえの。でも悪いことしたなあ、そう思って検索するんだけど、どうも名前が見つからない。  見つからないって、何が見つからないか分からなくなってさ。  誰だっけ、そいつ。  あーいや、忘れたわけじゃなくて、探しても無かったんだよなきっと。あるじゃん、意味なくアドレス帳くるくる、みたいなさ。  それなのにあんなに怒らせちゃって、後で雄介に謝らないとなぁ。  そろそろ酒も抜けてきたのかね、頭がしゃっきりしてる。  もともと記憶力には自信があるから、少しの酒くらいじゃ何ともないんだけど、不便なこともあるよ。でもそれだって、時間が解決する。今はもう普段どおり。もしまだ酒の飲み方がわかってない学生なんかがいたら、俺は正しい飲み方を教えてやることだろうな。  そんなこと考えてたら、俺はまた自分の部屋に戻ってた。  ふと見ると、ドアの郵便受けに電気料金の振込用紙が入ってるんだよ。二月分だから、先月分か。ホントに使ったなら払うのは当然だけど、宛名を見ても知らない名前で、この家にはそんなヤツいねえっての。なんで他人の使った電気代を俺が払わなきゃならないんだ。  俺の言ってること、変じゃないよな?  変なことなんて言ってないのは分かってる、そりゃ当たり前。  さて、どうにも不愉快だったから、洗面所に行って、顔を洗った。少しでもさっぱりすると思ったからさ。洗い終わって、顔を上げて鏡を見ると、そこにはいつもの俺が映っ
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