盗賊団

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盗賊団

 夏の夜、川原に積まれているのは男どもだ。  ざんばら髪にすりきれた着物、体格には恵まれた男が少なくとも五人はあるだろう。縛り上げられ雑に積まれて、妙な方向に脚や腕が曲がっているようでもあり、実際は何人いるのか分からない。時折うめき声をあげているから、死んでいるわけではなさそうだ。  荒くれ者で作った小山の横で、やはり見事な体躯の男があぐらをかき、なにか細工をしている。  もし、月明かりにのぞくこの男の顔が、存外あどけなく人好きのするものでなかったら、盗賊団の仲間割れかと見えただろう。坊主頭が伸び過ぎたような短い髪の、横顔はイタズラを仕掛ける子供のような笑顔だ。  月明かりだけでは判然としないが、男の着物は盗賊団のものとはまるで違った。長旅で擦り切れているが、呪い避けの刺繍を裾にみっしり施した、武僧のものだ。もっともこれは、追い剥ぎという、盗賊が手に入れ身にまとう手段も、無いではない。  着物は土埃にまみれて白っぽいが、元は修行僧がまとう濃い草色だ。斜めにかけた旅の荷袋だけ、妙に真新しい墨染を保っている。  月が川の流れに反射して、傍らの小山をまだらに照らす。男はぐるりと見回して、思案げに呟いた。 「今はいいが……日陰になる場所に積んでやったほうが良かったかなあ」  もっと川から離れれば、背の高い草むらも木立もあった。この時刻、川辺りでは涼しい夜風が吹いている。 「だって、このまま誰にも見つからなかったら、いずれ喉が乾くだろう?」  どう見ても、この男が締め上げたに違いない連中の心配をしながら、荷袋を大切そうに撫でた。 「いや、まさか」  男は相槌でも聞いたように破顔して、手元の作業に戻る。 「先を越されるとは思ってもみなくて、カッとなってしまった。殺してはいない……と思う。さあ、それじゃあひと房もらうぞ。それとも、もっと舐めてやろうか? そのほうが良いか? 俺はそうしたいが……」  胸の前にまわして抱えている荷袋を揺すると、ふっさりと輝く黒髪の束がこぼれた。男は手に取り、頬ずりし、唇にあててうっとり吐息をつく。荷袋のまるいふくらみから黒髪がのぞいているさまは、中身がひとの頭部のように思わせる。それならこの男は、愛しい誰かの生首を抱いて旅する、狂った僧なのだろうか。 「しかしひと房でも、もったいないなあ。やっぱり石だけ置いていくのじゃダメかな。こいつらに盗まれたせいで霊験が失せて髪も抜け落ちました、とかなんとか、いくらでも祠の守り人たちがワケを考えてくれそうじゃないか」  ボヤきながらも腰の短刀を取り、黒髪を切り落とす。前に置いていた、赤ん坊の頭ほどある縞模様の石を膝に乗せ、あらかじめ塗りつけてあった膠のようなもので髪束を貼り付けた。 「これで良し」  満足そうに仕上がりを眺めるが、毛の生えた縞模様の石など、幼児の工作よりも奇妙奇天烈だ。うめき声の四重奏、五重奏を奏でる男山のそばに、供え物のように据える。 「早いとこ、守り人か誰かが見つけてくれるといいな」  立ち上がり、てっぺんに重ねた男の尻をパンッと叩いた。砂ぼこりが舞う。武僧姿の男は、あとは振り返らず、川の上流へ向かって歩き出した。 「まずはおまえ、首だけでも元に戻らないか。さっき舐めたくらいじゃ足りないだろう」  歩いている間も、いかにも大切そうに荷袋を胸の前で抱え、愛おしそうに撫でさする。 「……オリザ酒の味がすると言ったの、そんなに怒ったのか? でも、それはだな……」  子どものように口を尖らせぶつぶつ言う。話し相手は確かに荷袋の中の想い人の首であり、それと空想上の痴話喧嘩でもしているようだ。 「おまえの気が進まないなら仕方ない……けど、せめてたまには、口を吸わせてくれてもいいいだろう?」  懇願するように、あやすように優しく荷袋をゆする。  どこかから、耳障りな、下手な楽の音に似た――振動としか感じられない音がした。男は足を止め、耳を傍立てているようだったが、やがて目を見開き、着物の裾をからげて走り出す。 「そういうことは先に言え! 川の主に生贄か? 祠で祀り上げられていたのも無駄じゃなかったな!」  後には月と川と、お供え物付きの、薄汚い男の山が残った。
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