奇妙な二人連れ

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奇妙な二人連れ

 物事には動じないほうだとムロカは自負している。  兵舎で親しくなった連中の話で、村がどれほど迷信的で遅れているのか、比較するのもバカバカしいほどだと思い知ったが、まったく表情には出さなかった。すぐに帰村してからの計画を立てはじめ、そのとおりに実行した。  手始めに、川の神を祀る古い因習を撤廃するつもりだった。その生贄に、姉の幼馴染で、ムロカの嫁候補であるハヤが決まっていたと知ったときも、驚きはしたが、落ち着いたものだった。  計画どおり村の主だった者を説得にかかり、最終的には姉が生贄になることで長老衆を納得させた。  生贄の役をとかれたハヤが、たちまち村の外の男と縁付かされて嫁いでいったのは、計算外といえば計算外だが、迷信は迷信にすぎないと証明するのに、身内の姉が生贄なのは都合が良かったとも言える。  だいたいあの贄籠は、存外もろいに違いない。穴もあいているし、川に流されたあとに簡単に脱出できる。村の連中はそんな見て分かることすら理解できないほど愚かなのだ……哀れなことだ……。 「……考えがあるのは分かった。が、どちらにしても俺は、おまえをほかの男に見せるのは気が進まない……」  独占欲が、竜族が、末裔で禁忌で……常の会話では聞かないような言葉が、ぼんやり覚醒しかけた意識に紛れ込んでくる。  ハヤの、ひどく驚いた顔が思い浮かんだ。それから手に手に鍬や鋤を持って押し寄せる村の連中。恐れる様子も見せずに地を踏みしめてハヤを抱き支えているのはもちろんムロカだ……。 「熱い、いや本当に熱いって!」  悲鳴というよりじゃれ合っているらしい声がして、今度こそ目が覚めた。飛び起きようとしてうまくいかない。  みっともなく何度か体を弾ませて気付いた。いつの間にか両足首が縄でくくられている。 「おう、目が覚めたか。悪いな。危害をくわえようとは思ってないけど、逃げられたら面倒だから」  あぐらをかいて座った男が、ぷぷっと焦げ臭いものを脇へ吐いてからムロカへ言った。背中を支え、側の木にもたれさせてくれる。  周囲はまだ夜だが、先程の場所とは違うらしい。滝の音も川の流れる音も聞こえない。ムロカは目だけをぐるぐる動かして周囲を見たが、目が回って気持ち悪くなっただけだった。 「じゃあ、まず、これだ」  ぶらりと顔前に下げられたのは、祠の近くの店で買ったオリザ酒の竹筒だ。 「願いの実に、参拝に行ったんだろう? 祠はどうなってた」  隠す理由もないだろう。祠のまわりに集まっていた連中が語っていたことを覚えている限り話した。盃を持ち帰ろうとしたことは、話す必要がないから省いている。  ――……だから、あんなもので誤魔化せるわけがないと言っただろう。  男が胸前に大切そうに抱えたものから嗄れた声がする。ムロカは注意深く、そちらへは目をやらないようにしていた。 「えー、思い付きはおまえだったろ?」  ――……代わりになりそうなものを置いておけば、勝手になんとかするだろうと言っただけだ。それより、盗賊団が見つかっていないということは、あの不格好な石も見つかってないのだろう?  声はムロカに問いかけたらしい。つい、ちらりと見てしまって、たちまち後悔した。造作は類まれなほど美しいが、目がヒトのものではない。 「あいつらは縛り上げて、祠の裏手のすぐ川べりに積んでおいたはずだ。すぐに見つけてもらえるだろうと思ったのに」  男が指の背で生首の頬を撫でている。仕草だけ見れば愛玩動物を膝に抱いているようだ。猫のしっぽのように、髪の束が男の手を払い除け、ついでのように白いところのまったく無い目がムロカを睨む。ムロカはどもった。 「あ、あっ、か、川沿いは、しらみつぶしに探したって、いう話で、だから……見つかってないなら、見つかってないのかと……」  しばらく沈黙があった。  恐る恐る顔を上げると、男の耳元で生首が何事か囁いている。本当に首だけだが、黒髪を自在に操って、ある程度は好きに動けるらしい。  不意にムロカの頭の中で、炸裂するものがあった。  生首が、盗まれた願いの実の正体であることは間違いないだろう。そして盗まれたのではなく、持ち主の元に戻っただけなのに違いない。そう考えれば、この盗賊頭のような屈強な男の元から、去ろうとするどころか膝に抱かれているのも納得がいく。  はじめて目の当たりにする不思議な光景に、ムロカは束の間、ぐらぐらと地面が揺れる心地がした。  古い信仰の神々など迷信だ。あやふやなご利益しかもたらさない。それと比べて国の中央に降臨したという神竜族は、疑いもなく現世利益を与えてくれる存在で――だから、この動いて口をきく生首が願いを叶える力をもっているのなら、それは当然、神竜族に連なる存在であるに違いないのだ。 「――うん」  腹の内で折り合いをつけて、ムロカはいくらか態度を改める。  それが功を奏して男に伝わったのだろう、男はムロカの縛めを解いて言った。 「願いがあって、そのために買った酒だろう? 今なら叶いやすいぞ、多分。上流の村へ案内してくれたら三割増しで叶う。多分」  多分、多分とあと数回は繰り返した男に促され、ムロカは男とともに村へと戻る山道を歩き出した。  滝の脇をのぼるのでなく、迂回する道を通る。月明り頼りの二人連れだ。  しかし傍らの男の荷袋には、生首が大切そうにしまわれているのをムロカはもう知っている。  話し好きらしい男に尋ねられるまま、村のこと、生贄のことをあらいざらい語った。男が調子よく安請け合いしたときには、この男が願いの実の主かと見えたが、生首は荷袋の中から聞き取りにくい声で、物理法則に反しない範囲で願いを叶えてやる、と尊大な調子で言い、主従関係は分からなかった。 「おまえ、祠で祀られてるうちに性格変わった?」 「えっ」  男がボソボソと問うたが、もちろんムロカに祀られていた経験はない。 「やたら威張りんぼで酒癖悪くなったよねえ……」  チリチリとものの焼けるような音がした。ムロカには、初対面のはずの男からそんな人物評を受ける覚えはない。 「それに、何度聞いても神……や、おまえの口から聞く物理法則とは味わい深い」  物理法則くらいはムロカも知っている。兵役のときに木の高さや敵陣までの距離を測ったのがそれだろう。知識をひけらかすのも不作法だろうと黙っていると、男はくすくすと笑った。 「いや、使命とかなんとかいってピリついてたときより、ずっと愛らしくていい」  なにも知らぬ者が横で聞いていたなら、ムロカがこの男に口説かれていると思っただろう。実際、男は生首をかきくどいているらしい。  いやな汗をかき、いたたまれない思いをしながら、ムロカは歩いた。  朝には村に着くだろう。姉が生贄となる祭りまで、二日だ。  祭りのあと、誰もが口々にムロカを褒めたたえる様子を思い描くことで、疲れて痛む足を動かし続けた。
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