②香り男子

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 どうして尚斗と辰己がモデルになったのか。それは目の前の彼女がスカウトしてきたからだ。 「うおっと! ちったぁやるじゃねぇか」 「おいタツ、遊んでんじゃねぇ」  高校三年生の夏。進路なんて決まっていない二人は、勉強なんかに手を付けることもなく、ゲームセンターがある都内へと遊びに来ていた。が、しかし。 「だっせぇ不良校で頭やってるくせに、こんな弱いのかよ。笑っちまうな」  突然裏道へと引っ張られ、喧嘩を売られた。  きっと学ランで学校を特定したのだろう。元々不良校に興味があったのか、それとも誰でもいいから喧嘩をしたいのか。まぁ、どちらであってもこちらに声を掛けた時点で彼らは地獄に落ちる。 「俺、そろそろつまんなくなってきたんだけど」 「はー、相変わらずナオはすーぐ飽きるよな」 「お前が言えたことじゃねぇだろ」 「ははっ! 確かにな!」  五人それぞれが尚斗と辰己に拳を振るうが、それを適当に躱しながら二人で会話をする。 「おいお前ら、なに余裕ぶってんだよ、あぁ?」  どうやらそれがお気に召さなかったらしい相手が、キャンキャンうっとうしく吠えた。 「おう悪かったな。んじゃ、そろそろちゃんと相手してやんよ」  ニィンと口角をつり上げた彼に、尚斗は「気をつけろよー」と辰己の相手をしている数名に声を掛ける。 「タツも手加減してやれよ。ここ、俺らのシマじゃねぇんだから」 「へーへー、ちゃぁんと手加減しますよ」  タツは後ろで結んでいる黒いゴムを一度外し、結び直す。そして何かを確かめるように手をグー、パーと動かし、それから拳を作った。 「そっちはてめぇにやるよ、ナオ」 「はいはい」  トンと背中が合わさる。そして二人は一緒に深呼吸をし、一歩進んだ足よりも拳を作った腕の方が先へ進む。その拳は絡んできた奴らにクリーンヒットし、そのまま吹き飛んで道を狭くしているビルの壁に叩きつけられた。  手加減をしろと言った筈だが、と悪友に思ったのは二人同時。だがまぁ、いいかと手を振ったのも同じタイミングだ。 「んで? 次はどいつだ?」  ゆらりと揺れる赤と青。他の連中が潰れたのはあっという間だった。 「もう少し骨のある奴だと思ったのによ」 「喧嘩慣れはしてるみたいだったけどな」  適当に置いておいたカバンを拾い、連れ込まれた裏路地から表へと戻ろうと尚斗と辰己は歩き出したが。 「いいわね、貴方たち。まるでドラマや映画を見てる気分だったわ」 「あ?」  表へ出るその一歩手前で突然白髪の女性に道を塞がれた。だがその手はパチパチと称賛の拍手をしており、二人は顔を見合わせる。どうやら喧嘩をしていた自分たちを見て拍手しているらしいが、一体どこをどう見たらそんな拍手なんて生まれるのだろうか。 「なんだお前」 「やぁね、そんな警戒しないで」  高貴な婦人のように笑い、けれどその細めた瞳はそれこそ漫画のように威圧感がある。  ナオとタツは再び視線を交わしてから「で? なんの用だ」と、尚斗が口を開いた。 「婦人警官に見えなくもねぇが、別に俺らのことを注意しに来たどこぞの先生でもなさそうだな」 「注意? あぁそうね。先程まで喧嘩をしてたのだから、注意するのも当たり前ね」  私としたことが、と肩を揺らす彼女。 「・・・・・・・・・・・・」  なんだか掴めない相手だと尚斗は手を組んでビルの壁に寄り掛かった。辰己は少し離れたところからポケットに手を突っ込んだ状態で、いつ何があっても大丈夫なように神経を鋭くしている。  しかし彼女は再び笑って「本当に警戒しなくていいのよ」と手を振った。その爪も綺麗にネイルされている。 「私は貴方たちをスカウトしたいの」 「へ?」 「あ?」  現れたのも突然かと思えば、今度は突然のスカウトだ。気が抜けたようにずるりと背中が落ちる。 「な、なに言ってんだ?」 「スカウトよ、スカウト」 「いや、それは分かるけどさ」  きっと彼女は尚斗と辰己が喧嘩している所を見た筈だ。それなのにスカウトとは一体? 「私はB&Bという芸能事務所で社長をやっているの。あ、これ名刺ね」  内ポケットから出された紙を尚斗は取り目を通す。もしかしたら適当に作られた嘘の名刺の可能性があるが、それを見抜く目は尚斗にはまだない。 「でもまだ立ち上げたばかりでひとりも契約者がいないのよ。そこで目を付けたのは貴方たちってこと」 「はぁ」 「さっきの喧嘩見せてもらったけど、本当に最高だったわ」 「さい、こう・・・・・・」  どこかうっとりする目には先程の威圧感はないけれど、その方がより変質者に見える。 「二人で背中を預け合って拳を握る。とても素敵よね。信頼し合っているっていうのが分かるもの」  そこで! と彼女は一歩踏み出し、尚斗との距離を縮めた。 「是非貴方たち二人に、モデルになって欲しいのよ」 「「は?」」  一瞬にして怪訝な顔をすれば、「あら、シンクロ度も高いわね!」と笑われる。 「ただのモデルじゃつまらないと思っていたのよ。じゃあどんなモデルが良いのか。その答えが出てこないから適当にふらついてたのだけれど、こんなところで出会えるなんて!」 「え、あの、えーっと」 「イケメン、長身、そして不良! アイドルグループみたいに二人でモデルをするの。あ、でも安心して! 今のように本気の喧嘩を撮影するとかじゃないから」  興奮気味に話す彼女をどうしたものか。このまま逃げた方が良いのでは? 尚斗は辰己に視線を向けると、なぜか彼は何かを閃いたように目を輝かせていた。 「お、おいタツ」 「おうおう婆さん」  ポケットに手を入れたまま彼女に近づく。弧を描いている口元とその格好に、他の人が見たらきっとオヤジ狩りならぬ、オバ狩りに見えるだろう。だがここは裏路地のため、人目につくことはない。 「ようするに、俺らを二人一緒のモデルにしたいっつーことか」 「えぇ」 「しかも不良感丸出しで」 「その通り」 「そこを売りにすると」 「そうよ」  辰己の言葉に頷いて答える。 「モデルは常に美しさや可愛らしさ、人より突出した個性が必要よ。けど見る人が受け入れられるものでなくてはいけない」 「不良は周りに受け入れられるのか?」 「あるから不良漫画や映画、ドラマがあるのでしょう」  彼女の言葉に「なるほど」と関心するような辰己に、おいおいと尚斗は自分が嫌な汗を掻き始めているが分かった。 「どういう契約内容になる?」 「一年間だけとか、期間限定のアルバイトとかパートとかとは違うのよ?」  まだまだ若いわねと言いながら辰己の胸を指をさす。 「貴方たちが売れ続けるのならば契約続行。もし需要がなければクビよ」 「はは! 分かりやすくていいな!」 「おいナオ!」と辰己は振り返り、こちらを見る。やめろ、そんな綺麗な瞳はいつも俺を困らせるもんだ。後生だからやめろ。 「二人でモデルになるぞ!」 「・・・・・・・・・・・・」  予想通りの言葉にナオは溜息すら出てこない。 (いやいや、有り得ないだろ)  だがそう思っているのは自分だけのようで、無理だろうという言葉の方が間違えみたいだ。  モデル業界なんて、そんな楽な訳ない。ただ拳を振るう喧嘩とは違うのだ。それなのにどうしてこの二人は成功は確実だといわんばかりでいられるのか。 「おいタツ、これはもうちっと考えなくちゃいけない案件じゃ――――」 「そしたら二人とも、都合の良いときに事務所に来てもらえるかしら。今後のことを話しましょう」 「おう」 「ちょっと、俺の話聞いてくれねぇかな!?」  反対するこちらの意見なんか聞く気はないらしい。それは無策で他の高校にいる不良へと突っ込む姿そのものだ。 (俺も俺で、結局流されちまうのがいけないんだけどさ)  すでにやると辰己は決心してしまった。ならばもうそれを覆すことが不可能なのは長い付き合いから知っている。 「俺は止めたからな、タツ」 「おうおう、後悔なんてさせねぇから安心しろナオ」  もう定位置だといわんばかりにこちらの方に腕を回した。 「モデル、やってみようぜ」 「あーはいはい。もう好きにしろバカが」 「よっしゃ!」 「・・・・・・もし詐欺だった場合は?」 「そんときはそんときだ」 「・・・・・・あっそう」
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