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そうして始まったモデルという仕事だが。
「貴方たちがデビューしてから三年。一周年記念とか全くやらなかったけれど、ここらで花火をぶち上げてもいいと思うのよね」
「それがCM?」
「そういうこと」
自信満々に頷く姿は三年経っても変わらない。そしてそれに対して尚斗が溜息を吐くことも、辰己が面白そうだと目を輝かせるのも。
「いいんじゃね? それも俺たち二人っつーことだろ?」
「えぇ、勿論。ピンでの仕事を貴方たちに回すわけがないでしょう?」
「ま、そーだわな」
姫蕗の言葉に理解したと頷く辰己だが、こちらは全く意味が分からない。
確かに自分たちはBoysというグループとしてモデルをやっている。だが絶対に一緒じゃなくてはいけないということはない筈だ。だがもうそれらを問うのも馬鹿らしくなる。
「んで、どんなのなんだ?」
(てめぇ、さっき早く帰りたいと言っていた口はどうした)
「はぁ、帰りてぇ・・・・・・」と今度は尚斗が溜息をつく。しかし始まった姫蕗からの説明に、仕方が無いと背筋を伸ばし直した。
「今度A社とB社がコラボするらしいのだけれど、Boysの貴方たちにイメージモデルになって欲しいらしいのよ」
「コラボした商品のイメージモデルなんていつもと変わらねぇけど?」
「そうね。でも今回はコラボ商品というよりも勝負企画って言ったところかしら」
姫路はソファの背もたれに寄り掛かりながら脚を組む。
「A社とB社はそれぞれに〝香りのするもの〟を作って、どちらの方が人気があるのか? ということをするみたい。そこでA社に辰己、B社に尚斗がイメージモデルとして写真、そしてCMを作るそうよ」
「バチバチの戦争じゃねぇか」
辰己がはっ! と鼻で笑えば、「貴方たちにピッタリでしょう?」と、姫蕗はニンマリと笑った、が。
「その通りだな」
「あ?」
後に続いたのは永原だった。
「元々お前らは喧嘩男子として世の中に広まってる。実際それが売りだし、結構人気あっからな。でも今回の勝負企画はピンで好きな連中、辰己推しと尚斗推しが出張ってくるっつー計算よ」
「ってことは?」と彼は眼鏡を上げ直し、強く言う。
「金ががっぽり稼げるってことだ!」
「あーはいはい、金好きな永原さん、黙っててくださーい」
辰己はひらひらと手を振った。
「まぁ大体分かったわ。ナオは?」
「俺もそれなりに理解した」
理解はしたが、やるとは言っていない。そう顔に書いてあるのか、辰己は「ナーーオ」と甘えるように名前を呼ぶが無視だ無視。
「この勝負企画は数回行われるらしいけど、まだ商品が完成していなかったり、評判が悪ければ途中でやめる可能性があるわ。ま、当たり前ね」
その言葉にあの時言っていた『売れなければクビ』という言葉を尚斗は思い出す。今のところクビになる予定はない。
「取り敢えず第一回目は香水で――て、あぁ、大切なこと忘れてたわ」
ポンと手を叩いて姫蕗は組んでいる脚の膝に頬杖をつく。まるで下から見上げるようにする彼女の瞳の威圧感は衰えることをしらないかのように、初めて出会った時と遜色ない。
「今回の勝負企画の名前なんだけど、貴方たちが喧嘩男子として広まっているのに真似して、〝香り男子〟にするそうよ」
「相変わらずそのまんまじゃねぇか」
呆れたような辰己だったが、「ま、分かりやすいか」と肩を揺らし、立ち上がった。
「撮影の日取りが決まったら教えてくれや」
「えぇ。永原に伝えさせるわ」
「んじゃ、もう話は終わりだな」
話していたのは姫蕗だというのに主導権を握っているのは俺だといわんばかりだが、彼女は気にする様子もなく、「遅くにわざわざごめんなさいね」と謝った。が、彼女は彼女で本気で謝っていないのもバレバレだ。
「おらナオ、帰るぞ」
「まだ俺、やるなんて一言も言ってねぇけど」
「わぁってる」
「・・・・・・・・・・・・」
まだ座っている尚斗に辰己は手を伸ばす。しばらくそれを睨んでいたけれど、溜息をついてその手を掴む。そして立ち上がった。
「じゃ、これで失礼するぜ」
「失礼します」
「はい、お疲れ様でした」
永原が開けたドアをくぐる前に一度振り返って礼をする。笑顔で手を振って見送る姫蕗を少し見つめてから尚斗は辰己に続くように出て行った。
(やっぱ只者じゃねーよあれ)
もう何度ついたか分からない溜息を零せば「ナオ?」と顔を覗かれる。それに「何でもねーよ」と返せば、辰己は「ま、帰ってからな」と視線を前い戻しながら言った。
それはイコール、仕事に頷かない尚斗を彼が説得するという意味だ。
これもいつ頃からかは忘れてしまったが、二人で仕事に納得しなければそれは断る。片方が嫌がれば賛成の人がその片方を説得するという暗黙のルールが出来上がっていた。
「んじゃ、帰るとしますかね」
エレベーターのボタンを押した永原はポケットを探り、新しい飴を口の中に放り込む。また棒のついたそれはカラカラと音を鳴らしながら彼の口の中で回っていた。
~ * ~
「じゃ、明日は休みだからゆっくり休んどけや」
「おう」
「ありがとうございました」
都内から少し離れたマンションに着く。ドアを開く前に彼から渡されたマスクをして後部座席から降りた。
エントランス辺りにいる警備員がこちらに目を光らせたが、こちらの存在を確認した後は軽く頭を下げる。それに尚斗も頭を下げた。
辰己が車のドアを閉めれば、また大きなエンジン音を立てながら永原はその場を後にする。
「二十四時間警備付きってまだ慣れねぇな」
「だよなぁ」
カバンにしまってあるカードキーを差し、マンションのオートロックを解く。そして少し歩いた先にあるエレベーターのボタンを辰己が押した。
全部で十五個パネルがあるけれど、光る階は十階だ。若干圧力の変化を感じつつも、チンと安い音を立ててドアが開いた。
事務所と同じような絨毯を踏み、一つしかないドアに再びカードを差し入れる。その後にガチャンと重い音を聞けば、辰己がドアノブを素早く開いて「あー、疲れたぁ!」と玄関へ踏み込んだ。
「ったく。撮影後に呼び出しなんかするなよ腹立つ」
「姫蕗社長も忙しいんだろ」
「ンなの俺らに関係ねー」
適当に投げ捨てられた辰己の靴を綺麗に並べ直し、尚斗も靴を脱いだ。
「ま、おかえり。ナオ」
「あぁ。タツもおかえり」
不機嫌だった顔も声もこちらに振り返った時には全くなく、尚斗を見ながら満面の笑みを咲かせた。
「なんか食う? 一応弁当食ったけど、その後も長かったから腹空かねぇ?」
「これから作るのか? 大変だろ」
「別にそんな難しいもん作らねぇって。ありものをぶち込むだけだ」
フローリングの床を歩いて行き、リビングの電気を付ける。そして黒色のソファーに外したマスクを適当に置いた。
「サクっと何か作ってやっから、先シャワー浴びてこいよ」
「んー、じゃあそれに甘えるわ」
尚斗もマスクを外し丸める。そして近くにあったゴミ箱に投げ入れた。
「おし、サッパリしてこい」
「はーい」
上に羽織っていたものを脱ぎ捨て、再びソファの背もたれへ。そこに何でも置くなと何度言ったら分かるのか。
だが疲れた今日はそれを指摘することなく、そのまま吸い込まれるように脱衣所へ。そこにはすでにタオルとパジャマ代わりにしている灰色のスウェットが置かれていた。これは自分が朝に用意したものだ。その隣には辰己のものもある。
その奥にあるバスルームへ視線を向ければ、相変わらず広く、大きな浴槽に尚斗は「あーもーほんと」とヒクリと頬をつり上げた。
「喧嘩三昧だったガキがこんな豪邸に住むとか、昔の俺が聞いたら笑っちまうぞマジで」
一体どれほどの家賃なのだろう。きっとそこそこの人気はある自分たちだが、二人の給料を合わせて払わないと財布の中は空っぽになってしまうのではないだろうか。
「あー、もう考えんのはやめだやめ、疲れてんだって俺も」
そう言って服を脱ぎ捨てて浴室へ。シャワーを高い位置に置いたままお湯を捻れば、すぐに熱いそれが降り注ぐ。
今まで一分以上待たないと出なかった家に住んでいた二人は、これに随分感動したものだ。
この部屋はモデルとして契約した日に事務所から与えられた。
こんなに広くてどうするんだと思うほど広く、部屋の数も多い。自分たち二人が住んでも客室が出来るくらいだ。なんと畳部屋もある。
バルコニーもそこらのベランダを十個くらい繋げたくらい広々としていて、前にそこで辰己と水鉄砲を持って追いかけっこをしたこともある。最終的にはガチギレして喧嘩になったのだけれど。
「ふぅ・・・・・・」
熱い湯を浴び、尚斗は身体を清めていく。
風呂に入るのが面倒くさい時もあるが、入ってしまえば気持ちがよく、頭や胸にモヤモヤが巣くっていても、ほんの少し楽になる。
「おっ」
シャワーを止めて出れば、いい匂いが尚斗の鼻をくすぐった。その匂いにつられるようにドライヤーもせずにダイニングキッチンへ行けば、そこでは辰己が鍋をコトコト煮込んでいる。
「なに作ってんだ?」
「リゾットみてぇなやつ」
驚くことも振り返ることもせず、辰己は答えた。鍋の中身を掻き混ぜるのに真剣なのだろう。
「昨日炒めた野菜が残ってたんでよ、それにトマト缶ぶち込んで煮てる」
「白米はいま特急で炊いてるから」と言い、やっと振り返ったと思えばこちらを見るなり「おいてめぇ」とドスの利いた声で睨付けられた。
「髪の毛濡れっぱじゃねぇか」
「あ、うん」
「あ、うんじゃねぇよ」
辰己は持っていたおたまを鍋に突っ込んだまま手を離す。そしてドスドスと立派な足音を立てながら脱衣所へ行き、そこからタオルを持ってこちらの頭に被せた。
「風邪引いたらどうするんだって互いに言い合ってどうすんだよ」
「まー、明日休みだしよ」
「そこで長引いたら意味ねぇんだぞ」
ったく、と彼は呆れていたが、その手は濡れている髪の毛をタオルでグシャグシャと拭いてくれる。少し乱暴なそれが丁度いいと思っていることは秘密だ。
「たまにお前って親みてぇだよな」
「いやお前に言われたくねぇよ」
「んー、お前の方が料理上手いし」
「なら片付けはお前の方が得意だろ」
ボコボコと音を鳴らしている鍋の火をさっと素早く消す。そして何の違和感もなく頭を拭くタオルに戻っていった。ほら、やっぱり彼の方が親みたいだ。
「まぁお前はほんっと片付けが下手だもんなー」
「っせぇな。お前は料理がからっきしだろ。あんな不味いのどうやったら作れるんだ」
「はは、それは俺も聞きてぇな」
掻き混ぜられるタオルの下で笑えば、辰己は「こんなもんか」と息を吐きながらタオルを取った。
「んじゃ、ちゃっちゃと食っちまおうぜ」
「お前シャワーは?」
「食った後に浴びるわ」
辰己はそう言い、笑う。
「皿洗いは任せたぜ、料理下手のナオ君」
「眩しいくらいピカピカに洗ってやるよ、掃除下手のタツ君」
じゃれ合うように言い合い、そしてクツクツと喉を鳴らしながら夜食の準備をした。
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