10 花火大会(3)

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10 花火大会(3)

 華やかに空に咲く花々。  プログラムも終盤になり、名物の『ナイアガラの滝』が始まった。大きく張られたロープからは何本もの紐状のものが下がっている。その大きなロープの端に点火され、みるみるうちに広がって全体に行き渡ると、花火でできた文字になる。  その文字は、この花火大会開催30回目の記念を祝す言葉だった。  次はいよいよクライマックスだ。  ドーン  ドーン  パンパンパン  ドドーン  連続で色々な種類の花火が打ち上がる。  俺は、しだれ柳が好きだな、なんて思いながら夜空に浮かぶ夢の世界を眺めていた。  華やかな空から俺の隣の花に視線を落としてみる。  彼女のキラキラした瞳にも色とりどりの花が咲いている。 『ホントに大好きだよ』  今度は心の中で呟いてみた。    大きな拍手とともに花火大会は終了し、駅へと向かう道は一気に人で一杯になる。  俺たちは地元なので、花火の余韻を楽しみながらゆっくりと歩いて、彼女を家まで送って行くことにした。 「じゃあ、またね」 「うん、おやすみ」  彼女は門を入ったところでクルッと振り向き、もう一度俺の傍まで駆け寄ってきた。 「ん? どうしたの?」  その問いかけに答えることもなく、彼女はそのまま俺の左肩に両手を置いた。  え……。  そして背伸びして、俺の耳元で囁いたんだ。 「私も好きだよ」 「え……!」 「じゃ、おやすみ」  彼女はニコッとして、玄関まで走って行く。そしてきっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている俺に、イタズラっぽく笑いながら、小さく手を振ってドアを閉めた。  その場に残された俺は動揺した。 『あ……聞こえてたんだ』  今更ながら、花火大会の雰囲気に任せて言ってしまった自分の言葉に、恥ずかしさが込み上げてくる。    もう絶対に言わない。  耳まで赤くなっているのが、自分でも解った。と同時に、彼女のさっきの言葉を思い出して、その後自宅に着くまでずっと、ドキドキしていた。    シャワーを浴びてベッドに入ったが、今夜はとても眠れそうにない。想い出すと、またこころが高揚する。 『私も好きだよ』  何度となく彼女の可愛い声と、耳元で甘く囁かれた吐息混じりの言葉を想い出し、ひとりでニヤニヤしながら枕に顔をうずめてみたり、ポンポン叩いてみたり抱きしめてみたり。  ……今夜はとても眠れそうにない。  がしかし、今日の人混みに疲れたのか、案外すぐに眠りに……。  いつものように俺は『女神の居所(きょしょ)』にいる。  前後・左右・上下全てが眩しいほどに、純白な世界。 『君は……誰?』 〈女神のようなその差し出した手〉を、俺は今日も追いかける。    風もないのになびいているその長い髪は、白いベールで覆われていて、顔は見えない。 『顔は見えない』はずなのに、美しいその澄んだ瞳が、俺に微笑みかけているように感じる。 〈女神のようなその差し出した手〉は、今日もまた、俺を翻弄(ほんろう)する。
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