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4 可愛い妹
夕食時。妹は、夕方遊びに来ていた友人と3人で「アイドルのコンサートに行きたい!」と両親に懇願している。どうやら、もの凄い倍率のチケットがやっと手に入ったらしい。この機会を逃すと、もう一生行くチャンスがないとか、大袈裟なことを言いながら必死で頼んでいる。
厳しい父は、「女の子だけで夜のコンサートに行くなど、以ての外だ」と相手にしない。
それでも妹は必死で食い下がる。
「お願い」「だめだ」の繰り返し。
見かねた俺は、「行かせてあげれば?」とつい余計なことを言ってしまう。
すかさず母が、とんでもないことを言い放った。
「じゃあ、あなたも一緒に行ってあげなさい。チケットは4枚あるんでしょ?」
「うん、4枚あるから使わないと損した気分になる」
妹はぷうとほっぺをふくらませてこちらを見る。
な、なにを期待してるんだ?
そこへ母の一撃が……。
「お兄ちゃんが一緒だと、安心よねぇ」
え、なんでそうなるんだよ。
ああ、いくら可愛い妹の為だとはいえ、女性アイドルのコンサートならまだしも、男性アイドルのコンサートとは。
想像してみたけど……ムリだ。
「ムリムリ、ぜーったいムリ!」
俺は首と右手を大きく左右に振り、必死で拒否した。
「お兄ちゃん、お願い!」
…………。
はぁー。
そんな可愛い、子犬のような上目づかいで頼まれると、悲しき兄の性かな、心とは裏腹に、つい言ってしまうのだ。
「仕方ないなぁ、今回だけだぞ」
「うわぁ、本当に? お父さん、お兄ちゃんと一緒ならいいでしょ?」
いや、厳格な父のこと。『ダメだ』という言葉が返ってくるのは明白だ。
それを受けては、母も上手く妹をなだめてくれるだろう。
「……うむ。帰りが遅くならないように、気をつけてな」
父は渋々許可をした。
え、許しちゃうの? そんなに簡単に?
さっきまで応援していた俺だけど、自分に矛先が向けば話は別だ。
父よ! そんなに簡単に許してもいいのか!
と言いたいところだが。
「はい、気をつけます! お兄ちゃんありがとう! よろしくお願いします」
間髪入れずにそう言うと、妹はペコッと頭を下げた。
夕方の大騒ぎの正体はこれだったのかと納得。
可愛い妹の為にどうするか。
そんな男性アイドルのコンサートに、キャッキャと浮かれる妹とその友人たちのお供として、うつむき加減で顔を赤らめ恥ずかしさと戦いながら行くべきか。
いやいや、男子高校生はそんな絵面に耐えられるはずもない。
妹には悪いが、ここはきっぱりと。
……きっぱりと。
「おう、任せとけ」
ううっ……。本当はあまり乗り気じゃないけど、ついうっかり口に任せた自分の言葉が招いたことだ。ここは潔く観念しよう。
「お前も、くれぐれも頼んだぞ」
「うん、大丈夫だよ」
ああ、やはり妹には弱い俺がいた。
その後の妹の喜びようといえば、背中に羽根が生えて、天まで飛んでいくのではないかと思うほどだった。
――母と妹が目配せをしているように見えたのは、気のせいだろうか。
実際、コンサート当日は想像通り、男性アイドルのコンサートに、キャッキャと浮かれる妹とその友人たちのお供として、うつむき加減で顔を赤らめ、恥ずかしさと戦いながら過ごす男子高校生……ということになったわけだが。
だが。
気がつけばちょっと楽しんでいる自分もいたりして……。
そんなこんなで、平穏な俺の1日は最後にドッと疲れたが、そろそろ終わろうとしている。
ベッドに入り、眠りについた。
眠りに……ついた。
ん?
しばらくすると、遠くで誰かの声がする。
「……」
「…………」
鈴を転がしたような澄んだ声が、俺の名前を呼んでいる。
優しい、そしてどこか懐かしいその声に、夢の中で俺は目を覚ました。
そっと目を開けると………。
『此処は……』
――全てが真っ白な世界――
白以外は何も無い、何も無い空虚の中にいた。俺は起き上がって辺りを見渡してみる。
全てが真っ白な世界。
前後・左右・上下全てが眩しいほどに純白で、足元には自分の影さえも無い。
ただとてつもなく広い〈白〉の中で俺は、呆然と立ち竦んでいた。
『此処は……何処だ?』
目覚まし時計の凄まじい音で飛び起きた俺は、多少の違和感を覚えながらも、いつものように身支度を整え、平穏な1日を過ごすべく、今日も学校へと向かう。
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