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8 花火大会(1)
8月の第一土曜日。
今日は待ちに待った花火大会だ。
慣れない浴衣を着て、夕方に歩いて15分。彼女を家まで迎えに行く。
ちょっと高鳴る鼓動を抑えつつ、インターホンに手を伸ばす。
ピンポーン
「はーい」
玄関から浴衣姿の彼女が出てきた。
ドアのところでにっこり微笑んで、下駄をカランコロンと鳴らしつつ玄関ポーチを小走りし、門の外で待つ俺のところまでやって来る彼女。ゆっくりと門を開け、少し照れくさそうに笑いながら。
「どう、似合う?」
と、その場でクルッと回ってポーズを決めている彼女。
「あ、ああ」
いつもとは違うその姿に、少しドキッとして、ついそっけない返事をしてしまう。
彼女は、紺地に細い白のストライプ、そして所々に小さな淡い色合いの花柄が入っている浴衣に、ピンクの帯を蝶結びにしている。
髪は、いつものサラサラロングヘアをアップにして、1つ付けている可愛い花のついた簪がとても似合っている。
……その上うなじの後れ毛が妙に色っぽい。
リップをつけた唇は、プルプルッとしていて、白い肌にほんのり紅くなったほっぺ。
ううう~、可愛すぎるぅ~。
「じゃ、行こうか」
こころの声とは裏腹に、平静を装いながら彼女の手を取り、そのまま手をつないで花火大会の会場まで歩いた。
この花火大会は、川を挟んだ2市の合同で開催されていて、地元の企業も多く協賛している大規模なものだ。会場には多くの出店も出ていて、まだ開始1時間前だというのにかなり混雑している。
一通り出店を見て回って、12個入りのたこ焼きを1パック買い、2人で半分こすることにした。
空いているスペースに持参したシートを敷いて座る。
「いっただきまーす」
元気よく熱々のたこ焼きを、一口でパクッといった時の熱さといったら、目を見開いて、その場で足をジタバタさせてしまうほどだ。
その様子を見ていた彼女は、笑い転げながらも可愛いことを言ってくれる。
「ちゃんとフーフーした方がいいよ」
そう言いながら自分も、1つのたこ焼きを爪楊枝で器用に半分にして、フーフーしながら食べている。
あまりに可愛いその仕草に大きく鼓動が跳ねた。しかしそれを悟られまいとまた平静を装う。
「熱いものは、熱いまま食べた方が美味しいんだ!」
俺は痩せ我慢をして、また一口でパクッと放り込む。
「あぢっ!」
案の定、上顎に水膨れができた。
「大丈夫?」
本気で心配して覗き込んでくる上目づかいが、また俺の心を動揺させる。
「大丈夫、大丈夫、普通、普通」
ばつが悪くて、何が大丈夫で、何が普通か解らない返事をするしかない。
隣でフーフーしながら、一生懸命熱々のたこ焼きと真剣に格闘している彼女の姿は、思わずギューッと抱きしめたくなるほどに愛おしい。
そうこうしていると、花火大会開催30分前のアナウンスが流れだした。
俺は食べ終わったたこ焼きパックをゴミ箱に捨てるため、「ちょっと待っててね」と彼女を1人シートに残してその場を離れる。
しばらくして戻ると、彼女の回りをちょっとヤンチャそうな3人の男が囲んで、何か一方的に言っているではないか。彼女は困った様子で、首を横に振っている。
『か、絡まれてる?』
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