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9 花火大会(2)
『か、絡まれてる?』
俺はシートのところに走り寄り、その中のリーダー格と思しき男と彼女の間に割って入った。
「俺の彼女に何か用か!」
と強い口調で、奴らを睨みつけた。向こうも睨み返してきたが、俺はひるまない。
そう、親友にも以前言った通り、いざとなったら俺は彼女を守る。
どんなことがあっても守ってみせる。
少しの沈黙。
「なーんだ、彼氏がいるのかよー。それならそうと早く言ってくれりゃあいいのによー」
吐き捨てるように言って、奴らは去って行った。
内心ちょっとビビってはいたが、大事な彼女のため。いざとなったら守れるんだ。
「遅いよー。あの人達、一緒に花火見ようって。断っても、断ってもしつこく言ってきて、怖かったよー」
彼女は少し目を潤ませて、俺にしがみついてきた。
「ごめんごめん。人混みで思うように前に進めなかったんだ。もう大丈夫だからね」
「うん」
「さあ、もうじき花火が上がるよ」
「うん!」
シートに座ると、間もなく花火大会開催のアナウンスが流れ、カウントダウンが始まる。
『5・4・3・2・1』と順に数字の花火が打ち上がり、人々はそれに合わせて口々にカウントダウンを楽しむ。
いよいよ始まった花火大会。
色々なテーマや音楽に合わせて、大小様々の花火が打ち上がる。
花火とともに、その説明を聞くのもまた楽しい。
ドーンという音は、心臓に直接響いてくる。
打ち上がるごとに『わあー』という歓声と拍手。
「わあ、きれい」
赤や緑に照らされ、目を輝かせている彼女の横顔。
しばらく見つめていたが、花火の上がる大きな音に紛れて、思わずこぼれてしまった。
「……好きだ」
言うつもりのなかった言葉。
「え、何? 聞こえない。もっと大きな声で言って!」
大きな声で彼女が聞き返してくる。
花火の大きな音にかき消された言葉。
そんなこと言えるはずもない。
「何でもないよ!」
俺も大きな声で答えた。
「何て言ったの?」
「何も言ってないよ」
本人には絶対に言わない言葉。
「え、そうなの? 何か聞こえた気がしたけど」
「空耳じゃないの? それか回りの人の声だよ」
そう言って笑った。
本人には絶対に言えない言葉。
面と向かってなんて、恥ずかしくてとても言えない。でも、今日の彼女はまた特別で、花火大会という場の演出もあってか、ちょっと口に出して言ってみたくなったんだ。
ただそれだけのこと。
本人には、絶対に言わないけど。
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