ルーフトップ

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 改札から人波に押し出されると、流れに逆らわず歩いていく。  団扇を片手に顔に風を送る年配、小さな子供の手を引く男女、慣れない浴衣に戸惑いながら歩く女の子達。雑多な人々の集団が、ノロノロと周囲に歩調を合わせている。  前方で、髪を金色に染めた少年が奇声を上げた。近くにいた仲間達が笑い転げる。その様子に大人達は苦笑した。だが、皆の表情は意外にも明るいものだ。それぞれが隣にいる誰かに顔を向け、愉快そうに言葉を交わし合っている。  そんな中、僕の表情だけは冴えなかった。  駅の入口から吐き出されると、駅前のコンビニでは異様な光景が広がっていた。店内は、投げ売りでもしているのかと疑いたくなるほどの混雑ぶりだ。僕はただ、横目に眺めて同情を寄せるだけ。長い列に並んでまで、買いたい品が売られているとは思えない。  空はまだ十分な明るさを保っていたが、雲は茜色に染まっている。夏の夕焼けは、他の季節よりも赤い。  歩道に押し込められた人々は、広い空間を求めて前進していく。窮屈さから開放されるのは間もなくだ。  前方の交差点には防護柵が並べられている。その前には警官が立ち、向かってくる車を迂回路へと誘導していた。いつもは車が行き交う通りは通行止めにされ、歩行者が車道にまで広がって歩いている。  僕はその通りへは向かわずに、警官の後ろを抜けて人混みから離れた。迂回車で車道は渋滞しているが、歩道を行き交う人は疎らだ。  元々、この近辺には住宅が立ち並んでいた。今もいくつか残っているが、大半は消え去り、新しい建物の建築が始まっている。  目指す建物が前方に現れた。街路灯に照らされた、古びた造りの4階建て。一階にはテナント向けのスペースもある。どこにでもありそうなマンションだった。他のマンションとの違いがあるとすれば、夜だと言うのに明かりの点いた部屋がどこにもないことだ。共同スペースである入口や階段の照明も落とされていた。  理由は知っている。建て壊しが決まり、住人の退去が進められていた筈だ。様子を見る限り、退去は完了したようだが、建て壊しは未だ始まっていないらしい。  このマンションは、以前付き合っていた女の子が住んでいた場所だった。
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