蠱惑Ⅱ『想念』

1/10
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

蠱惑Ⅱ『想念』

 私は高卒で自動車の営業マンになりました。やはり営業は大学を出なければ務まらないと同期に言われました。 「どうして?どうして高卒じゃ駄目なんだ?努力すれば大卒になんか負けるわけがない。だって四年も早く働きだすんだぞ。お前みたいに初めから弱気だから俺達の立場を悪くするんだ」 「だってそうじゃないか、部長も課長も係長も大卒だよ。高卒の村木さんは営業辞めたろ去年、成績が上がらないからだよ」  確かに同期の高山の言う通り上司は全て大卒でした。しかし私は血気盛んでした。うだつが上がらないのは努力不足しかない。営業は足で稼いでなんぼの世界。近場から一軒一軒回り、それを広げながら繰り返す。そうやって客を拾っていく。自分ならやれる、そう思って毎日頑張っていました。先ずは高校の卒業生アルバム、中学、小学、そして知人友人に電話を掛けまくりました。 また、声がかかればどこにでも素っ飛んで行きました。家族や友人との約束を破っても営業を重視していました。初めは親戚が車を取り替えるから買ってくれました。入所当初の売り上げは断トツトップでした。高校の同級生が免許を取得して『お前から買うよ』とやさしい奴もいました。ですがそれも二年で下降線を辿りました。地元の人達はそれなりに付き合いがあり、一度付き合い始めた営業と生涯繋がり合っていく。そんな日本人的な価値観が私のような新人営業マンを拒むのでした。十年目には同期の高山が言っていた通り、後から入社した大卒の連中に抜かれ、それからはずっと下降線、営業成績はこの十年最下位が私の定位置になりました。昭和六十年八月、残り半年で定年を迎えます。 「内田さん、私の客ですがお孫さんの誕生日にセドクラのGTSをプレゼントするそうです。紹介状を書いておきますのでお願い出来るでしょうか?」  やさしい後輩がいます。彼の成績は毎年ベストテンに入っています。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!