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「なんでこの橋を通ったらだめなのよ」
「橋の下に、わたくしの住まいがあるからです」
「あんた、この橋の下に住んでるの?」
「ええ、日が暮れるまでは橋の下でのんびり眠って過ごすのが日課なのでございます」
「ふうん」
「それが今週に入ってからというもの、お嬢様の足音がいつも同じくらいの時刻に鳴り響いて、深い眠りから目覚めてしまうのです。たまったものではないのです」
……し、知ったことか。
想像をはるかに超えるくだらない理由に戦慄が走る。それにいたいけな女子中学生に対して足音がうるさいだなんて、なんと失礼な河童だこと。
しかしこんな議論を長々としていても埒があかない。あたしには観たいテレビがあるのだ。河童なんぞに付き合うだけ馬鹿というものだ。
「じゃあ、むこうの橋を渡ればいいの?」
あたしは川沿いの数歩先に見えるべつのちいさな橋を指でさす。学校の指定とは異なるが、やむを得ない。
これが臨機応変な元都会っ子というやつだ。
「ああ、あちらの橋にはまたべつの河童が住んでおります」
「はあ?! じゃあその向こうは?」
あたしはさらに向こうの橋を指さす。なんだこの川、そんなにたくさんの河童が住み着いているのか。
「あちらには別れた妻が住んでおります」
「別れた妻、近所?! ちがう、そうじゃない。なによそれ、渡れる橋ないじゃないの!」
「へえ」
「へえ、じゃないわよ!」
なにやらとんでもなく面倒なことになってきた。ようするにこの河童はあたしに対して「もう通学するな」と言いたいようだ。
学校に行かなくて済むことについては願ったり叶ったりだ。しかし、河童に言われて仕方なく……なんて、恐らく誰も信じてくれない。頭がおかしな子としか思われないだろうし、そんなふうに思われるのは甚だ癪である。
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