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「ですから、もうここには来ないでほしいんです」
「だからこの道、通学路……!」
「べつの道がおありになるでしょう、なにもここを通らなくても」
なんだろう、この感覚。まるでふりだしに戻ったような錯覚を覚える。とにかく河童はこの道を一歩も通す気がなくて、だけどあたしはこの道を通らないと帰れなくて……。
気づけば空は甘柿のようにあざやかな橙色に染まり、数匹の鴉がカアカアと鳴いていた。もうすっかりと夕暮れどきだ。
「ああ、テレビ……楽しみにしていたのに」
「うちで観ていかれますか? 橋の下でよろしければ」
「わあ、素敵! ……って、観ていくわけないでしょうが!」
──それからもその不毛なやりとりは永遠に続いた。
そして結局夜は更けて満天の星空が空に浮かび上がるころ、母が出した捜索願により警察や消防隊が出動し、あたしを通せんぼしていた河童が捕まった。
河童の逮捕は朝刊の一面に載り、ニュースでも報道されることに……。ところが今度は河童の元妻が記者会見を開き、涙ながらに河童との思い出を語った。
ワイドショーは河童の妻の話題で持ちきり。自称専門家のおじさんがなにやら偉そうに河童の胸中について解説していた。どうやら河童の元妻はあたしを相手取って訴訟を起こすらしい。もうなにがなにやらだ。
「ああ、お父様。ひとまず、もう都心に帰りたいです」とあたしは夏の夜空を見上げながら切に願ったのであった。
<fin.>
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