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お前にしとけば……
「この埋め合わせは今度絶対!」
俺はいつものように宏輝の好意に甘えて、許してもらえると高を括り強引にキスをする。花火大会に一緒に行くと約束をしていたけれど、急に彼女が会いたいって言ってきたからしょうがないじゃん? 案の定、こいつはニコッと笑って「行っておいで」と俺を送り出してくれた。
お前のことが好きなんだ──
初めて男に、それも親友だと思っていた宏輝に告白をされた。声も震えていたし俺を見つめるその表情を見て、どういう意味かちゃんと伝わってきた。正直驚いたけど、俺もこいつが大好きだから勿論「俺も好きだよ」と返事をしたんだ。
「嫌だったらいいんだけど……キス、してほしい」
衝撃の告白から数日過ぎた頃、いつも明るくて頼りになる皆んなの兄貴みたいな存在の宏輝が顔を真っ赤にして消え入りそうな声で俺にそう言った。どうしようもなく可愛く思えた。なんの抵抗もなく要望通りにキスをしてやれば、目に涙をいっぱい溜めて俺にしがみついて「ありがとう」なんて言ってくる。こんな事でこいつは俺と目を合わすことも恥ずかしがって出来なくなる。嘘みたいだと興奮した。
誰も知らない、宏輝のこんな姿を見せられたら俺が調子に乗っちゃうのもしょうがないだろ?
俺は自分で言うのも何だけど結構モテる方だ。女の子には優しくしないと、言う事を聞いてあげないと……可愛い子が喜んでくれるのを見ると嬉しいから、我儘だって聞いてあげる。でも結局は「つまらない」「物足りない」と言われフラれるんだ。でも「別れましょう」と言われる度にホッとしている自分もいる。
何でかな……?
なんとなく寂しくて、フラれる度に宏輝のところに行って慰めてもらうのが常になっていた。
カッコつけなくてもこいつは俺のことを好きでいてくれる。素を見せても、どんなにだらしない姿を見せても好きだと言ってくれる。
頑張らなくても、俺のことを見てくれる宏輝の存在に安心していた。
もうとっくにわかっているはずなのに……それでもまだ俺は宏輝から逃げるようにして女の子の方へ目を向ける。だって男同士だぞ? どうしても気持ちに踏ん切りがつかなかった。
宏輝が喜ぶ顔が見たくて俺から花火大会に誘った。楽しみにしていたはずなのに、当日に彼女から電話が来てその花火大会に誘われてしまった。そのお誘いは「是非宏輝も一緒に」だったのだけど、俺はその事は伏せて彼女と二人でデートする方を選んだ。
だって嫌じゃんか……宏輝が他の女と楽しそうにするのなんか見たくない。
彼女に誘われて行ったのに、宏輝が来ない事で喧嘩になった。なんで? 宏輝は俺のものだし、目の前で怒ってるこの女は俺の彼女じゃなかったっけ? もう訳わかんね。段々面倒臭くなってしまって彼女の言う通りに別れてやった。
帰り道、宏輝とよく行く居酒屋に寄る。一人で酒を呷りながら、遠くで花火が上がる音を聞いた。そういえば宏輝の奴、浴衣を着てたな……こんな気分になるんだったら初めから宏輝と二人で花火大会に行けばよかった。初めから、お前にしてればよかったんだ。
そもそも俺が誘ったのに、何をやっているんだろう。今頃あいつは誰かと一緒に花火を見ているのかな? いや、きっと一人で部屋にいるんだ。酒も入って思考がどんどんナーバスになっていく。
寂しい……
宏輝が恋しい……
でもそんな事より宏輝に寂しい思いをさせてしまった事が申し訳なく、俺は会計を済ませ慌てて宏輝の家へ走った。
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