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俺にしとけよ
「もしかしてまたフラれたの?」
「………… 」
明かりが消されて真っ暗な部屋。窓の外から僅かに漏れ入る街灯の明かり。そこに浴衣姿の宏輝がいる。間も無く終わりを告げようとしている花火が、少し遠くでラストスパートと言わんばかりに大きな音を立て上がっていた。
目の前に佇む宏輝はいつもと少しだけ違って見えた。なんで今にも泣きそうな顔をしているんだろう。確かに宏輝の言う通り俺は彼女にフラれてここに帰ってきた。いつものように宏輝が慰めてくれると思って……いや、宏輝に会いたいと思って、約束破ってごめんな、と謝りたくて、俺は急いでここに帰ってきた。それなのに、お前のそんな顔を見せられて俺はどうしたらいいのかわからなくなる。いつもは笑ってくれるじゃんか。
そんな顔、俺は見たことがない……
どうしても言葉が出なくて、俺はいつものように宏輝に膝枕をしてもらう。こうすると何も言わなくても宏輝は優しく頭を撫でてくれるから。いつもと同じにそうしてくれるはず。でも今日の宏輝はやっぱり少し違っていて、俺の頭を撫でるかわりに優しくそっと触れるだけのキスをした。唇が離れるとフッと悲しい顔をして溜息をついたように見えドキッとする。「なんだよ」と言おうとしたら、そのまま宏輝に抱きしめられてしまった。戸惑っていると宏輝は何を思ったのか俺を押さえつけ馬乗りになり、「もう、俺にしとけよ……」と真顔で囁く。
このセリフも今まで何度聞いてきただろう。その度に俺は誤魔化し宏輝から逃げてきた。
でも今日は違うよ。
俺もちゃんと宏輝と向き合おう、自分の気持ちを認めよう、そう心に決めたのにいざとなるとどうしても逃げ腰になってしまう。いつもの悪い癖……そんな俺の心を見透かしてか、宏輝は俺の口を掌で塞いだ。
「いい加減……抱かせろ」
そう言った宏輝の瞳から涙が溢れた。
宏輝の手が乱暴に俺の体を弄る。女の子と違い、俺より少しガタイの良い宏輝の力に抵抗しても敵わない。今まで誤魔化してきたけどこの状況は理解できる。
でも待って……俺がこっち側? 違うだろ! ヤルんなら俺が宏輝を抱く側じゃないのか? そう思って慌てて俺は抵抗して体を捩る。
「待って……宏輝! ちょっと! ヤダって……えっ?」
暴れる俺を押さえつけながら、宏輝は耳元で小さく囁いた。聞き間違いなんかじゃない……
ごめん──
そう言った宏輝は俺の顔を見る事もせず、ただただ辛そうに涙を零して俺を抱こうとしていた。
気づいてしまった。
抱くとか抱かれるとか、もうそんなのどうだっていい。俺が宏輝にしてきた事、どんなに俺がこいつに甘えて辛い思いをさせてきたか……宏輝は思い詰めて、もうこれっきりで俺から身を引くつもりでこんなことをしてるんだとわかり、胸が苦しくなった。
いいよ……
お前の好きにしろ。
俺は覚悟を決めて宏輝に抱かれた。
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