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「でも、僕らが見たのは赤嶺さんの姿だけだよ?」
「〈透明化〉の魔法をかけていたんでしょう」
「〈透明化〉?」
「そう。〈透過〉がものをすり抜ける性質を与える魔法であるのに対して、〈透明化〉は物や人を目に見えないよう透明にしてしまう魔法よ。まぁ、名前なんてどうでもいいわね。アニメや漫画の世界と違って、私たちが魔法を発動させるのに詠唱は必要ないもの」
心の底からどうでもよさそうに、水梨さんは素っ気ない口調で言った。
「トリックと言うには些か大袈裟かもしれないけれど、犯人の魔法使いはきっとこんな手段を用いたのでしょうね。
まず、体育の授業に向かった赤嶺さんを一人きりにする。たとえば、持ってきたはずの体育館用シューズに〈透明化〉と〈透過〉の魔法を同時にかける。そうすると目にも見えないし手に持っている感触もなくなるから、彼女はシューズを教室に忘れてきたと錯覚するでしょう。そんな感じで教室へ戻らせるよう仕向けて一人の時間を作る、とか。
そして犯人は、一人になった彼女に再び魔法をかける。周りの人間から姿を見えなくする〈透明化〉、叫び声を上げさせないための〈消音〉、そして彼女が上空で暴れ出さないよう動きを封じる〈石化〉……そんなところかしら。彼女へのそうした下準備を施したのち、犯人は自らにも〈透明化〉と〈飛行〉の魔法をかけ、地上三十メートルの空へと透明化した彼女を抱えて舞い上がる。あとはタイミングを見計らって彼女にかけた魔法を一気に解き、地上目がけて放り投げれば……」
「グラウンドにいた僕らには赤嶺さんが空の上に突然現れたかのように見え、僕らは彼女が独りでにに転落したと錯覚する、か」
えぇ、と水梨さんはうなずいた。彼女はさも当然といった風に淡々と話すけれど、内容はとんでもなくファンタジックでにわかには信じられないものだ。
「体育の授業中を選んだのは、あなたたちのような目撃者がほしかったからでしょう。彼女の体が宙に浮き、真っ逆さまに地上へと墜落した……そんな魔法使いらしい派手な演出を楽しんでもらいたかったのかもしれないわね。だから犯人は、あなたたちをオーディエンスに仕立て上げた」
楽しむどころか、食べたばかりの朝食を盛大にぶちまけることになった生徒が続出して、そちらはそちらで大変な騒ぎになっていた。どうせ殺すのなら僕らの前でなくひっそりと事を遂行してもらいたかった。そもそもの話、人殺しなんて絶対にしてはいけないことなわけだけれど。
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