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「アリバイ?」
えぇ、と水梨さんはすました顔で答える。想定外の単語が飛び出し、僕はつい水梨さんをにらむように見てしまう。
「魔法を使って殺したのに、アリバイなんて証明してどうするの」
「勘違いしてもらっては困るわ。魔法というのは、あなたが思っているほど万能ではなくてよ?」
どういう意味だ。一口に魔法と言ってもなにからなにまで自由に操れるわけではないということか。
僕のしかめっ面を見て、ふふふ、と水梨さんはますます楽しそうに笑った。
「なにがおかしいんだよ」
「ごめんなさい。やっぱり普通の人からすれば、魔法と聞くと夢のようなアイテムを想像するのね」
「違うの、実際は」
「半分は正解、もう半分は不正解、といったところかしら」
そう答えた彼女は居住まいを正し、改めて話し始めた。
「まず知っておいてほしいのは、私たちの使う魔法の効力が及ぶのは、魔法使いを中心として半径五メートル以内に限定されるということ。魔法をかけた人、あるいは物が効力範囲外に出てしまった場合、効果が切れ、それまでどおり自然界の法則に従うことになるわ」
へぇ、と僕は素直な感嘆の声を上げた。なるほど、そうやって聞くと確かに魔法というのは万能ではないように思えてくる。
「たとえば私があなたに〈透過〉の魔法をかけたとして、私の立つこの場所から半径五メートル以内にあなたが入っている限り、あなたの体はすべてのものをすり抜けることが可能になる。けれど、一歩でも範囲外に出てしまえば、あなたにかけた〈透過〉の魔法は効力を失い、あなたはの体は再びすべてのものに触れられるように戻ってしまう、という仕組みね」
「じゃあ、一年前にきみが僕のことを交通事故から救ってくれた時、僕はたまたまきみの魔法の効力が及ぶ半径五メートル圏内にいたってこと? だからきみは僕に〈透過〉の魔法をかけることができた?」
「そのとおりよ。つまり、もしあなたの言うとおり赤嶺さんが魔法によって空に浮かび上がらされ、転落死させられたとするなら、少なくとも犯人である魔法使いは犯行当時、彼女と半径五メートルの範囲内で一緒にいたということになる。グラウンドから三十メートルも上空から落ちてきたわけだから、犯人が地上にいたということも考えられない。もしも犯人が地上にいたのだとすれば、彼女の体が宙に浮いていられるのは地上から五メートルの高さまで。それ以上は自然界における物理法則に従うため、彼女の体は地球の重力に引っ張られて空へと舞い上がることはできず、改めて魔法をかけられない限り、そのまま地上へと落下する」
要するに、と水梨さんはピンと右の人差し指を立てた。
「彼女が空から落ちてきたその瞬間、犯人も彼女と同じくあなたたちのいたグラウンドの三十メートル上空付近を飛んでいた、ということになるわけ」
僕は完全に納得した顔をしてうなずいた。しかし、そうすると一点疑問が生まれる。
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