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10月に入り、初めの土日に行われるのが文化祭だ。クラスや学年で展示をしたり、部活ごとに出し物をしたり、模擬店で食べ物を販売したりする。
硬式野球部は人数も予算も少ないので、模擬店はやらない。いつも練習をしているグラウンドで、バッティング体験やピッチング体験、東都ドームでやったピッチングゲームのようなことをやる。サッカー部のような大きな部になると、校庭の模擬店で焼きそばやお好み焼きを売り、他校のサッカー部を招いて練習試合を行い、試合のない時間はシュート体験などをするらしい。
高校の文化祭ともなると、準備にも時間をかけて、夜遅くまでみんなでがんばって…というものかと思っていたが、野球部に限っては違っていた。やることは、チラシを作り、壁や掲示板に貼ることと、毎年使っているピッチングゲーム用の9つに区切って数字を書いた正方形の板をフェンスに括り付けること、あとはゲームの景品にするために袋入りの飴を買い込むことぐらいだった。
前日の夕方までに準備はあっさりと終わり、他の生徒達が忙しく駆け回っているのを横目に、私達は学校を出た。
翌日、いよいよ文化祭が始まった。校舎の裏手にある野球グラウンドにはあまり人がやってこないので、お客さんはあまり来なかった。みんなでただ時間を潰しても仕方ないので、交代で文化祭を回ることにした。私と先輩も午後に一緒に回った。
初めての高校の文化祭に私はワクワクしていた。吹奏楽部や軽音部の演奏を聴いたり、迷路や謎解きゲームをやってみたり、模擬店で鯛焼きや焼き鳥や焼きそばを食べたりした。
交代の時間に近づいたので、戻ることにした。野球グラウンドに戻る途中で、サッカーグラウンドが目に入った。試合のない時間帯で、シュート体験をしていた。
他校の女生徒たちが圭を目当てにたくさん来ていた。圭はたくさんの女の子と代わる代わる写真をとっていた。
「ひなも撮りたいか?」
先輩ふざけたように言った。
「いりませんよ」
私は先輩の背中をたたいた。
シュート体験の列の中に小学校低学年らしき女の子がいた。圭はキーパーをやっていたサッカー部員のところへ走ると、なにやら耳打ちをした。そして、蹴るボールの位置を少し前にすると、女の子にシュートを促した。
女の子の蹴ったボールはコロコロと転がり、飛びつくふりをしたキーパーの手をすり抜けて、ゴールに入った。
女の子は飛び上がって喜び、圭から景品のお菓子を受け取ると、少し離れて見ていた母親らしき女性の元へと嬉しそうに走っていった。
圭は優しい笑顔で手を振って見送った。
「圭ちゃん、すごく優しいんですよ。私とは歳がひとつしか違わないけど、小さい時からいつも面倒を見てくれたんです。お父さんが死んで、圭ちゃんの家に預けられてる時も、私が気を遣わないでいいように、私が寂しくないように、いつも気を配ってくれてたし、学校や近所でいじめられてたら、必ず飛んできてかばってくれたんです」
先輩はサッカーグラウンドに背中を向けて歩き出した。
「だからって、変な意味じゃないですからね。私はただ、兄のように可愛がってもらったってだけで…」
私は慌てて先輩に追いついて言った。
「ちゃんとわかってる」
先輩はそう言ったが、私は余計なことを言わなければよかったと少し後悔していた。
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