最後の夏

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最後の夏

7月が来て期末テストが終わると、いよいよ夏の全国大会の予選が始まった。春の県大会でシード権を勝ち取った私達は、2回戦が1試合目となった。 春の県大会でノーヒットノーランを達成した投手ということで、球場には取材陣も来ていた。大学のスカウトも来ているらしいという噂も聞いた。 スタンドにはチアガール部も吹奏楽部も来ていた。昨年の試合とは比べ物にならないぐらい、たくさんの人に応援されていた。 けれども、部員達はそんなことは気にせずにいつも通りの野球をした。球を打ち、走り、投げ、取る。2年半続けてきたことを、着実にこなした。 1試合目、2試合目と勝ち上がり、準々決勝では、練習試合を含めて、何度も戦ってきた清海北高校と当たった。 そして、ついに、これまで一度も勝てなかった清海北高校を撃破した。 気がつくと、7月が終わろうとしていた。私達は準決勝まで勝ち進んでいた。 準決勝の相手は春の県大会で、水島先輩がノーヒットノーランでおさえた浜野高校だった。 試合が始まると、前回とは明らかに違う試合展開となった。水沢先輩の投球は完全に研究され、打ち崩された。2回途中で早々に右代先輩へと交代をしたが、その勢いを止めることはできなかった。 気づけば、5回終了時点で0対15、コールド負けであった。 試合を終えた先輩達は、ただ呆然としていた。私はかける言葉が見つからなかった。先輩達が肩を震わせて泣いているのを、後ろから見ていることしかできなかった。 こうして、硬式野球部の夏は終わった。そして、3年生は部を引退した。進学校であるうちの高校では、もっと早く引退する人も多かった。先輩達はここから、受験勉強へと向かっていかなくてはならないのだった。 まだ8月の初めだったが、夏が終わったような気持ちがしていた。それでも、残された部員達は次の大会に向けて、毎日練習に励んだ。私も毎日、練習に参加し、ボール拾いやボール磨き、タオルの洗濯やスポーツドリンク作りなど、できることをした。 そして、練習が終わるとその足で港軒へ向かった。 先輩は2階で受験勉強をしていて、出前の注文が入ると降りてきて、自転車で出前に行くのだった。
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