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そのとき、ドアが乱暴に開けられる音がした。その直後、圭一が私から引き剥がされた。
起き上がると先輩が圭一の胸ぐらを掴んでいた。そして、先輩の右手が硬く握られるのが見えた。
「先輩、やめて!なぐらないで!」
私は叫んだ。
先輩の動きが止まって、私の方を見た。先輩の顔が悲しそうに歪むのがわかった。
先輩は飛び出して行った。
先輩を傷つけた…
私はそう思った。私が圭一をかばったから、先輩は傷ついたのだと思った。
私は立ち上がって部屋を飛び出そうとした。
「ひな!行くな」
圭一が私の腕をつかんだ。
「離して、圭ちゃん。ごめんね。私、先輩が好きなの」
圭一が私の腕を離した。
私は部屋を飛び出した。玄関の横におかもちが置いてあるのに気がついた。
先輩は私を心配して、食事を届けてくれたのだと思った。
先輩が自転車にまたがるのが見えた。
「待って、先輩!」
私はアパートの階段を駆け降りた。道に降りた時には先輩は自転車で走り出していた。
「行かないで、先輩。違うの。お願い、行かないで」
私は夢中で叫びながら追いかけたが、自転車には追いつけなかった。
「違うの、違うの。お願い、行かないで…こんなの…いや…」
私はもう走れなくなって、地面にしゃがみ込んで泣き崩れた。
もう立ち上がれそうもなかった。
その時、すぐ近くで自転車のブレーキの音が聞こえた。
泣きながら顔を上げると、先輩がいた。
「こんなところに座ってたら、風邪が悪化するだろう」
先輩が自分の着ていたコートを私の肩にかけた。
「早く帰れ」
先輩は立ち上がった。
「先輩、違うんです」
私は言った。
「もういい」
先輩は自転車に手を掛けた。
「違うんです。殴らないでって言ったのは、圭ちゃんをかばったんじゃないんです」
私の言葉を聞いて、先輩が振り返った。
「先輩が手を痛めてしまうと思ったから」
私はまた涙が溢れてきたけれど、ちゃんと言わなきゃと思って、続けた。
「先輩の右手は、サッカー選手の利き足、スコアラーの利き手です。大切にしてください」
私の涙はもう止まらなかった。
先輩は私の前にしゃがみ込むと私をぎゅっと抱きしめた。
「ごめん。俺、わかってなかった。本当にごめん」
先輩は私が泣き止むまで、そうしていた。涙が止まって落ち着いた私は先輩の顔を見上げた。先輩は優しく頷くと立ち上がった。
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