それぞれの旅立ち

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それぞれの旅立ち

3月に入り、少しずつ暖かい日が増えてきた。3年生のほとんどは進路が決まり、あとは卒業式を迎えるばかりだった。 卒業式の前日も、先輩は野球グラウンドで練習に参加していた。そして、練習が終わるといつも通り私と歩いて港軒に向かった。 「こうしてここを歩くのも、今日で終わりですね」 私は寂しい気持ちでいっぱいだった。 「まだ明日があるぞ」 先輩は言った。 「明日は卒業式ですよ。練習はないし、先輩だって友達と遊びに行ったりとか別れを惜しんだりとかしないんですか?」 そういえば、先輩からは部員以外の友達の話は聞いたことがなかった。 「その予定はないな。明後日には東京に出発するから、明日は準備もあるしな」 先輩は卒業するとすぐに大学の寮に入り、入学式の前なのに、もう野球部の練習が始まるらしい。 別れを惜しんで寂しがってるよりも、新しい生活への期待の方が大きいのかもしれないと思うと、少し寂しくもあった。 「ひな」 先輩が海沿いの道で立ち止まると私を見て言った。 「俺、ちゃんと言ってなかったから…。4年間、待っててくれるか?もちろん休みにはできるだけ帰ってくるし、電話もするし、でも、今までのように毎日一緒にはいられないけど、待っててほしい」 先輩は私を見つめていた。 「待ちませんよ」 私はそう答えた。 「4年間もおとなしく待てません」 先輩は目を逸らした。 「そうか。そうだよな」 先輩は自転車を押しながら歩き始めた。 「だから、私も来年、東京に行きます」 私は先輩の背中に言った。 「えっ?」 先輩が振り返った。 「私も先輩と同じ大学の同じ学部に行きます。そこで勉強して、プロのスコアラーになります」 先輩は何も言わずに私を見ていた。 「だから、1年間、待っててくれますか?」 私は先輩に向かって手を差し出した。 「待ってる。ちゃんと待ってるよ」 先輩は私の手をとった。 私達はしっかりと手を握り合って、また歩き出した。
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