それぞれの旅立ち

3/8
前へ
/91ページ
次へ
「俺も聞きたいことがある」 先輩が私の顔を見た。 「俺はいつまで先輩なんだ?」 私はどういう意味かわからなかった。私が黙っていると、先輩がまた言った。 「俺はいつまで『先輩』って呼ばれるんだって言ってるんだ」 私はやっと何を言われているのかわかった。 先輩は呼び方のことを言ってるのだった。 「だって、先輩は先輩ですよ?」 私はそう答えるしかなかった。他の呼び方をしようなんて思ったことがなかったのだ。 「普通は付き合ってたら、名前で呼んだりするんじゃないのか?」 そうか。先輩は名前で呼んで欲しいのか…。 「じゃあ、蓮さん?蓮くん?それとも呼び捨て?なんだか、どれも違和感あるんですけど…。学校にいるうちは先輩ですしね」   先輩は私の返事が気に食わないようだった。 「学校にいるのは明日までだぞ。その後はどうするんだ?」 「そう言われても…」 私は困ってしまった。先輩に先輩以外の呼び方なんてできそうもない。 「もういい」 先輩は不機嫌な顔になってしまった。 「怒らないでくださいよ。蓮くん、蓮さん、蓮ちゃん、蓮?」 私は先輩の顔を覗き込みながら、呼んでみた。 先輩は不機嫌な顔を崩して、笑った。 「もういいよ。呼びたいように呼べ」 先輩はそう言うと、前を見て歩き出した。 私はその場で立ち止まった。 そして、先輩を呼んだ。 「先輩」 先輩が振り返った。 「大好き」 私は目一杯の笑顔で言った。 「俺も」 先輩はそう言って、私に手を差し出した。 私は先輩の手にふれた。 先輩は私の手をしっかり握って歩き出した。 海面は夕陽を反射してキラキラ輝いていた。 いつまでも、こうしていられたらいいのに。 私はこれまでにも何度も願ったことを、また願わずにはいられなかった。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加