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「俺達も帰るか」
「はい」
私達は誰もいなくなった野球グラウンドを後にした。
日が沈みかけた校庭には、もう残っている生徒はほとんどいなかった。私たちは静かになった校庭から自転車置き場に向かった。
自転車置き場に残されている自転車も、もうほとんどなかった。先輩は自転車を押しながら歩き出した。
「おい」
校門を出たところで、誰かに声をかけられた。
圭一だった。
先輩は私を背中に隠した。
「そんなに警戒するなよ。話がしたかっただけなんた」
圭一は先輩の正面に立った。
「あの日のことは本当に悪かった。ひなにあんなことするつもりじゃなかった」
圭一は私に頭を下げた。
「でも、俺は本当に子供のときからずっとひなが好きで、ずっとひなを守っていこうと思っていた。だから、お前なんかに渡すもんか、いつか取り返す、取り返せると思ってた」
先輩は何も言わなかった。
「でも、あの日、ひなが泣きながらお前を追いかけて行ったのを見て、はっきりわかったよ。ひなが本当に必要としているのは俺じゃなくてこいつなんだって」
「圭ちゃん…」
私はあの日のことを思い出した。夢中で裸足のまま夜の町に飛び出した、あの夜のことを。あのまま先輩を行かせてしまったら、取り返しがつかない気がして、ただ、先輩を行かせたくなくて、泣きながら先輩を追いかけた…。
「そして、泣いてるひなを見て気がついたんだ。俺が本当に望んでいることは、ひなを自分のものにすることじゃなくて、ひなが泣かないでいられることなんだ、ひなが笑っていられることなんだって」
そう言うと、圭一は自分より背が高い先輩を少し見上げて、きっとにらんだ。
「だから、絶対にひなを泣かせるな。ひながもし泣くようなことがあったら、俺が許さない」
それだけ言うと、圭一は後ろを向いて歩き出した。
「松村!俺はひなを泣かせない。約束する」
先輩は圭一の背中に向かってそう言った。
圭一は後ろを向いたまま、手を振って答えた。
そして、そのまま、何も言わずに去って行った。
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