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「あのとき、ごめん」
先輩にいきなり謝られたので私はびっくりした。
「ひながあいつのことをかばったと思い込んだ。ひなはやっぱり子供の頃から一緒にいたあいつの方が大事だったんだと思い込んだ。ひなを信じてなかったってことだ…」
先輩は私に背中を向けた。
私は先輩の制服の袖口をつまんだ。
「でも、それは、多分、不安になるぐらい私のことを思ってくれてるってことですよね」
私は先輩を見上げた。
「ああ、そうなんだな。大事だと思えば思うほど、不安になるもんなんだな。俺は明日、東京へ行く。お前のことを思うと、とても不安で心配で行きたくないと思ってしまう。かっこ悪いな」
先輩は顔を逸らした。
「かっこ悪くないですよ。大事なものを思って不安になったり心配したりすることは当たり前のことだから。ずっと不安で心配でいてください。そしたら、私のことをいつも忘れないでしょ」
私は顔を背けた先輩の顔を覗き込んだ。
先輩は顔が赤いのを私に見られないように、私の顔を自分の胸に押し付けた。
私は先輩の胸の温かさと先輩の匂いを来年の春まで忘れないように、先輩の胸にしっかりとしがみついた。
私達は日が暮れて暗くなっていく海の音を聞きながら、いつまでもそうしていた。
明日が来るのを少しでも遅らせたかった。
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