バイト探訪の旅

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「今まで二十を越える色んなバイトをしてきましたからね! レジぐらい任せてください! ……けど本当に良かったんですか? 面接も無しに働かせて貰ったりして。 こちらとしては凄く助かってるんで良いんですが」 「これでも私、人を見る目はあるのよ? その私が一目見てビビっと来たんだから、なにも問題ないわ!」  経営者の勘、みたいなものだろうか。  店長がそれで良いなら構わないが、ちょっと不用心な気がする。  自分で言うのもなんだが、世の中俺みたいな無害な男ばかりではないだろう。  店長って結構美人だからちょっと心配だ。  と、思わないでもないが……。 「そうなんですねー。 あっ、いらっしゃいませー」 「いらっしゃいませー!」  バイトの身分でしかない俺には関係ない事だ。 「じゃあ商品の整理してきますね。 レジお願いします」 「うん、よろしく」  余計な事を言う必要はない。  今は真面目に働けば、それで良いだろう。 「お疲れ様、百草くん」 「お疲れ様でした、越見店長」  夜八時過ぎ。  半日通して客層を見た感じ、ほぼ年配の客しか来ず、夜は売上が見込めないからだろう。  この時間にはいつも店を閉めるらしく、今日も変わらずシャッターを下ろしてしまうようだ。  そんな中、脇に留めてあった俺の自転車をが目に入れながら、越見さんが尋ねてきた。 「自転車で来たの?」 「はい、車持ってないもんで」 「そうなんだ」  話題の種にしたかっただけで、そこまで興味もなかったのか。  店長はシャッターの鍵を締めると。 「じゃあ気をつけて帰ってね。 また明日よろしく、百草くん」 「お疲れ様です」  ニコッと少女のように微笑み、外付けの階段を登っていく。 「おやすみー」  そして登りきった所でこちらに手を振ると、早々と部屋に入っていった。  恐らく二階は店長の住居なのだろう。  一階はコンビニだし、利便性が高そうだ。  ルームシェアとかして貰えないだろうか。  いや、それは流石にがめつ過ぎだ。  店長に申し訳ないし、この考えは無かった事にしよう。  それにしても、ここら辺は夜になると凄いな。 「へえ、まるで自然の音楽団だな。 いつまでも聴いていられそうだ」  田んぼから聞こえてくる蛙の声や、フクロウの鳴き声。  風が木々を揺らす音がとても心地良い。  町の方ではなかなか聞けない旋律と静けさが物珍しいのだろうか。  なんとなく此処から離れるのが惜しくなり、身体が動かせないでいた。  しかし、明日も仕事があるのでいつまでもこうしてる訳にもいかない。 「よし、帰るか」  と、俺はキリをつけ、自転車のペダルを漕ぎ始めた。  新しい職場をもう一度だけ見渡して。      
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