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慕情(仮2)
七夏は父と散歩に出たままだったけど、あとは母に託し私はいざ魚吉へと車を走らせた。
わりとドキドキするものだ。
何年ぶりに会うんだっけ。
私のこと……分るかな。
まるで片思いの相手に会いに行くような気分。
通りに面したお店は駐車場が小さい。3台停められるうちの、ちょうど1台分空いていたので運良く停められた。
ルームミラーで自分を確認。まあ、いいかな。
車から降りればすぐ店内だ。先に少しのぞき見てみる。職人の格好で職人の動きをする健ちゃんがいた。地元のお客さんたちと交流を深めながら、大人になった健ちゃんが、そこにいた。私の記憶に残る健ちゃんよりも、格好良く素敵な男になっていたのは明らかだった。
ほのかに緊張が走る。ひと呼吸深く済ませてみる。
よし行くかっっ。
私は店内に飛び込んだ。
「健ちゃんっ。ご無沙汰っ」
私はもう、勢いで店内に入って行った。驚いた様子の健ちゃんが私を見る。
「お? おー、おー。らっしぇい。なんだ、どーした」
健ちゃんも少しパニックの様子。なんだか嬉しい。
「あー、そーそー。刺し身な刺し身、出来てるよ」
健ちゃんは、まさか私が取りに来るとも思わずいたらしい。それでも少しの期待はあったみたい。
「お代は済んでる。おふくろー! 持ってきてー」
奥の冷蔵庫から袋を持って出てきた健ちゃんのお母さん。元気いっぱいで明るい様子は、変わってないなぁ。
「はいよ、お待たせぇ。あらぁ美人がさらに美人になったねぇ。ねぇねぇ、健太郎と魚屋やってよ〜」
健ちゃんと付き合っていた頃、お母さんとはとても仲良しだった。別れの報告をしたときは残念そうに寂しがってくれた。あのとき別れていなかったら、違う人生だったんだよね。
大好きだったけど、いつも私が怒ってた。
一緒にいて楽しかったけど、なぜだか寂しかった。
相容れないものが大きくなりすぎて、私から別れた。
若かったんだと思う。
10年以上たった今なら、また違うかな。
健ちゃんのお母さんに言われて、魚屋の女将を少し想像しちゃった。七夏は賛成してくれるかな。こっちの生活に馴染んでくれるかな。
思わず逡巡してしまった私に、健ちゃんがやや耳打ちするように言ってきた。
「今夜さぁ、少し抜けらんね?」
私は刺し身を持ち帰り、待っていた父、母、七夏とともに楽しい時間を過ごした。
心が跳んではしゃいで、気もそぞろ。
健ちゃんとは今夜10時に、昔よく会っていた公園で待ち合わせることにしてある。
母や父には、その旨をきちんと伝えた。もう子供じゃないんだし、やましいことでもない。娘を預けて出かける手前、嘘をつくことなんて許されない。
若いまま別れたから、そのあとの時間を埋めるには、ちょうどいい大人になってる気がする。
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