おにーちゃん、堪忍袋の緒が切れる

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おにーちゃん、堪忍袋の緒が切れる

 案内された浴室の壁は大理石でできていて、ジャグジー付きの広い風呂に顔を引つらせながらも、身体を沈ませ、人生初の足を伸ばせる浴槽に感動した所へ、開いたドアから入って来た桜雫に叫び声と共に体を腕で隠す。 「な、な、な、何入ってきてんだよ!」 「やっと出会えたhoneyと離れたくなかったから」 「………」  や、やめてくれ! そんな笑顔を俺に向けるな! あの、可愛い笑顔のあさひちゃんが浮かんでくるんだよ!  何も答えずに顔を背けた事を了承と捉えたのか、桜雫が隣に腰を下ろしたかと思うと、まるで恋人とするように手を握ってきた。 「桜雫!」 「やっと振り向いた……そんなに俺の事嫌い?」  その問に言葉が詰まる。  「嫌い」と言われるとそうでもない。  だからといって「好き」かと問われても頷くこともできないでいる俺に、桜雫が微苦笑を向ける。 「I'll always love you honey……出会った時からhoneyは俺のヒーローなんだ」  握られていた手を唇まで持っていかれ、指先に桜雫の唇が触れてきた。  その行動を止めることもなく、それどころか伏せた長いまつ毛に、その隙間から見える薄いブラウンの目に、何故か見惚れてしまう。  シャワーを浴びてくると俺から離れ、シャワールームの扉が閉まる音で、我に返り、全身の力が抜けて湯の中に沈む。  桜雫のストレートに言ってきた台詞に、男だからと拘ってる自分がとても恥ずかしくて……情けない。  なんか……今日は疲れた……身体も重いし……何より……眠いのか……意識が遠くに飛ばされていった。  俺の名前を何度も呼ぶ桜雫の声が遠くに聞こえ、握られた手の温もりが伝わった所で、うっすらと目を開け、ゆっくりと瞬きを何度かした後、手の温もりの先に視線をやる。  握られた右手は、桜雫の両手に包まれたまま、桜雫の額にぺったりとくっつけられていた。 「God help my honey. ...... God please」 「……さ……さくら……桜雫?」  掠れた声に気づいた桜雫の顔を覗き込んだ目は潤んでいて、もう一度名前を呼ぶと、また握られたまま、額にくっつける。 「Thank you so much ......Thank you very much indeed.」 「桜雫……もう大丈夫だから離してくれ」 「I don't want to シャワールームから出てユニットバスの中で沈んでるhoneyを見て心臓が止まりそうだったんだ」  心臓が止まるって大袈裟だろ……でも、目を潤ませ、心配な顔で手を離さない桜雫が、少し可愛いくて思わず吹き出しそになる口を手で塞ぐ。 「どうしたの? 気持ち悪い? 今から病院に行く?」 「病院はいかなくていい……それよりパジャマ誰が着せた?」 「俺だよ? 着心地がいいでしょ?」  確かに素肌でもサラッとして着心地は悪くない……そう言えば……このパジャマに桜雫が着せたとして…… 「俺の服は?」 「あまりにもダサかったから捨てたけど? でも、安心して」 「桜雫!!!」  得意気に笑った桜雫は、目の前にあるクローゼットを端から端まで開けていく。  そのクローゼットの中には春から冬までに使う服と鞄、靴に小物類までもが綺麗に収納されていた。 「怜からhoneyの好みを聞いて揃えたんだけど……何怒ってんの?」  何怒ってんのだと? これを怒らないやつは物の大切をわからないやつだ!  俺の衣装は全て愛しの弟謙吾が見立てたやつなんだ! それをダサくて捨てただと! ってことは…… 「桜雫……スポーツブランドのスウエット上下はどうした?」 「俺、あのブランド嫌いだからそれも捨てたけど?」  駄目だ……堪忍袋の緒が切れた……  ゆっくりと高さのあるベットから降りた俺は、壁にもたれてる桜雫の右側に手をつき顔を覗く。 「いいか! よく聞け! あれは俺の愛してやまない弟からの大事なプレゼントだ! 取り戻せないなら二度と顔を見せるな!」 「捨てたから取り戻せないけど新しいのは用意したよ? 勿論、弟くんからのプレゼントってことで」  壁に手をついた服の袖を指で挟み、二回引っ張ると、口角をあげた桜雫の眉が上がり、得意気な笑顔に苛立ちを覚えたが、「弟」を出された事で徐々に怒りは収まっていき、口元まで緩んでいく。   「まさか……これか? このパジャマの事か?」 「correct! おにーちゃんは青が似合うからって因みに俺はシルバーらしいよ……って聞いてる?」  そうか……おにーちゃんは青が似合うって……謙吾が必死に選んで、悩む光景が目に浮かぶ。  やっぱり、俺の愛おしい弟は、宇宙一かわいい!
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