おにーちゃん、母親に売られる。

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おにーちゃん、母親に売られる。

 俺の叫びを聞きつけてなのかはわからないが、母さんと涼しい顔をした桜雫愛咲陽が顔を出し、部屋の中へと入ってきた。 「啓吾、近所迷惑よ? 静かに叫びなさい」 「静かに叫べるか! 俺の部屋なーにもないんですけど?!」 「あるわよ? あっくんの家に」 …………は?  ねーと顔を合わせた二人が、くすくす笑い合うその姿に、目眩でぶっ飛びそうになる身体を何とか支えると、桜雫の胸ぐらをつかんで引き寄せる。 「どういうことが説明しやがれ」 「結婚しようの言葉に頷いたのはhoneyだよ? 俺はそれを実行したまで」  くそぉ! 爽やかな笑顔で答えやがって……  確かに……頷いた……でも、それは女の愛咲陽であってお前じゃない! ……と叫びたいのだが……  そのセリフは心の中で叫ぶしかない……恋愛に対して差別や偏見のない母親の前で言ってみろ……二度と謙吾に会えなくなる。  それは、何があっても避けなければならない。   この危機を乗り越えられる策を練るために黙ってしまった俺の背中を軽く叩いた母親は、心を抉る台詞を笑顔で告げてきた。 「よーく考えてみなさい啓吾、散々警察のお世話になったあなたに誰が嫁ぐの? いないでしょ? ならお婿さんに行くしかないじゃない」 「い、いるかもしれないだろう?」 「ブラコン付きで? お母さんならお断りよ」  辛辣すぎる母さんの言葉は、四方八方から飛んで来た矢を身体中に受けている感覚がして、耐えることができず、後ろへと倒れそうになった俺の身体を愛咲陽が支える。 「俺が、必ずhoneyを幸せにするからね」  どの角度から見ても、イケメンはイケメンでしかなくて、爽やかな笑顔で、俺を幸せにすると言ったイケメンにドキッとしたのは気のせいだとしても、母さんが、俺を愛咲陽の嫁にすることは、気のせいじゃない……  支えられていた身体をなんとか元の位置に戻し、抱きしめられてる桜雫との距離を開け、母親の説得を始めた。 「母さんが許しても親父は許さないだろ?」 「ノリノリで証人欄にサインしてたわよ」  嘘だろ! あのクソ親父!! 味方だと思っていたのに裏切りやがってぇ! まぁ、組んだつもりはありませんけど! ありませんけどぉ!  終わった……桜雫と一緒に住むってことは、謙吾と一緒に生活ができないって事だろ? 俺の人生終わってしまった…… 「あ、謙吾を思うなら帰ってきちゃだめよ?」 「何だよそれ!」 「謙吾がもうすぐ中学生になるでしょ? 一人部屋が欲しいって言ってたのよね……謙吾」  上目遣いで言ってきた母親の可愛さと、愛おしい弟の名前を出されては、言い返す言葉もなく、幸せにしますと肩を抱き寄せてきた桜雫愛咲陽を睨むことで、ささやかな抵抗をしたのだが、そんな抵抗も虚しく、桜雫は母親にまたねと手を振り、母さんに助けを求める俺の手を引いて家を後にした。  
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