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◆
育ての親が、彼を日本に送る代わりに出した条件がひとつあった。
それが「妹と暮らすこと」だ。
妹。
事故車に乗り合わせ、生き残ったもうひとりの人物。
李津は全く覚えていなかった。なにせ事故は彼が4歳のときだ。
ひとつ下の妹は、李津とは別の大人に引き取られたのだが、彼らは養育費だけ懐に入れて蒸発した。
それを李津の養父が知ったのは、妹が児童養護施設に預けられてから一年後のこと。海外からはどうすることもできず、養父はとても胸を痛めていた。
妹を引き取って一緒に暮らせる。
未成年の李津が親元を離れ、日本で暮らすことを許されたのもそういった理由からだ。
李津も実の妹と一緒に暮らすことに異論はなかった。
ただ――。
離れていた期間は12年。16歳の彼には長過ぎる時間だった。
今さら妹が出てきても他人としか思えない。
急に兄妹だと言われても、お互いに困惑するだろうし、気苦労もあるだろう。
それでも李津は帰国を選んだ。
これから待ち受ける困難を、すべて受け入れようと覚悟して。
それは16歳の彼にとって、重すぎる決断だったのではないか――。
「よく知らない方が放っておけるし、好都合だな。ふへへへ」
一切、受け入れる気はなかった!
むしろ膝を叩いて喜んでいる。
妹と一緒に住むのはいい。まったく構わなかった。
ただ、受け入れる気はない。
血の繋がり? なにそれ美味しいの?
今さら妹なんて言われても興味なし。ドライな関係こそ、これからの生活に彼が望む展開だ。
「ふはっ、ふはははははははははははっ! えっ」
町中で高笑いする李津の顔にライトが当てられた。まぶしくて手で遮れば、目の前で自転車が止まる。
制服を着た初老の男性は、自転車にまたがったまま李津を上から下までじっくりと観察して。
「トランクケースを転がす不審者が、ニヤニヤして歩いていると通報を受けたんだけど……きみ?」
「……」
外ではもう一生大人しくしよう。傷つく李津16歳だった。
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