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◆
「ここじゃないかな、3丁目の2011」
「すみません、どうもありがとうございました」
「無事にたどり着いてよかったよ。それじゃあね、おやすみ」
親切なお巡りさんはそう言って、軽快に自転車を飛ばして去って行った。
李津が見上げるのは庭つきの一軒家。
「うーん」
門の前で躊躇していた。
これから暮らす家は空き家だと聞いていたのに、明かりがついている。若干、生活の気配もしていた。
「ここじゃないのか? いやでも……」
表札には『片桐』と、確かに養父の苗字がある。
十中八九間違いなさそうだが、万が一他人の家だった場合を考えるとどうしてもチャイムを押せない。
「あっ、来た!」
そのとき、頭上から少女の声が降ってきた。
少し高めの鮮やかなトーンは、矢を射るように真っ直ぐ李津へと届く。
反射的に顔を上げると、2階の窓から誰かがのぞいているのが見えた。しかし、逆光で顔は確認できない。
せっかく出てきた顔はサクッと引っ込んだ。代わりにバタバタと階段を降りる音が聞こえる。
それで李津はピンと来た。
たしか李津の帰国に合わせて、今日か明日には妹も家に来るとかなんとか。
(マ、マママママ……マ!?!?)
妹。
いろいろとかける言葉なども考えていたのに。姿を見たせいで頭が真っ白になり、一瞬で全部吹き飛んでしまった。
バタバタ。
足音が近づく。
バタバタバタバタ。
ドタバタドタバタ。
緊張しすぎて、足音が二重に聞こえるような気もしてきた。
そしてついに、勢いよく目の前のドアが開け放たれ、玄関ライトが彼女たちの姿を映し出す。
(ん……? 彼女、たち?)
「おかえりなさい、兄!」
右側にはギャルギャルした茶髪ツインテールの小柄な少女。
「おっおにーちゃん、おかえりぃ〜」
左側には肌が真っ白な黒髪の……というか、こちらには見覚えがある。
「あ。おまえ、さっきのキス泥棒!」
「え! えええぇぇぇぇ!? なっ、なんでぇ〜〜〜〜!?」
「は? 二人知り合いなんですか? てか、キス泥棒ってなに!?」
ツインテールの少女の視線は振り子のように、李津と黒髪の女の子を行ったり来たり。
ところで感動的(?)な再会を喜ぶ前に、李津は疑問を叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺の妹は1人のはずだ。なんで家から2人も出てきたんだ!?」
「はい、妹ですよ♡」
と、胸を張るツインテール。
「い、妹だよぉ?」
と、肩をすくめるキス泥棒。
「なん……だと?」
声に出したい日本語を、ここぞとばかりに使う李津。
そして目を閉じ、天を仰ぐまでがワンセットである。
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