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狂犬のように暴れる薔櫻薇を、躑躅はもう怖いとは思わなかった。何年も兄をやってきているのだ。よく知る態度に「またか」という感情しかわかない。
それに妹は本気で興味がない相手には、李津が初めて交渉に行ったときのようにスルーで対応するだろう。
会話が成立しているのであれば、話す余地があるということだ。
「大人になるにつれてよぉ、叱ってくれる人間が減るんだ。間違った道に進んでも教えてくれることなく、離れて終わり。そんなの悲しいじゃねえかよ。……俺はな、そうなっちまう前にこいつに止められたんだ」
ぽかんと口を開けている李津を、躑躅は一瞥して続ける。
「おまえはどうだ? ここにはたくさん人がいるけど、本気で止めたやつはいるか? 誰がおまえを叱る? いねえなら、兄貴がそうしてやらねーとだめなんだよ!」
「クソ、うぜーな!」
「おうおう、うざくて結構! おい、おめーらは自分の意志がねえのか!? 社会から縛られたくないくせに、こいつの言いなりか!? つまんねえチームだな!!」
「おい、そいつらは関係ねえだろ!」
周りの少女たちは躑躅の啖呵に息を飲んだ。
今日、どうしてここに来たのか。その理由を、各々はあらためて自身の胸に問いかけてみた。
目の前でわめいているリーダーには恩があった。
でも、それだけなのか。
恩人だから、リーダーだから。命令されたから、なんとなくついてきたのか?
そして少女たちはひとり、またひとりと確信を持つ。
自分は、自分たちは、紛れもなく薔櫻薇という人間が好きでここにいるのだ。
少女たちの警戒が、ひとり、またひとりと薄れていく。
薄々わかっていた。この抗争が無駄だということを。
あの男が争いを終わらせてくれるなら、荒療治も受け入れよう。少女たちの気持ちがひとつになった瞬間である。
「それからオメーはいい加減、変な男への執着はやめろ! 金と時間の無駄だ!」
「うるせえっ!」
渾身の力を込めて肘を入れると今度こそ、薔櫻薇は躑躅の手を振り切った。
腹を押さえる兄から離れ、憎らしげに睨みつける。
「てめぇに人の恋路を邪魔する権利はねえ。本気でホレてるんだよォ、あたしはあああっっ!!」
薔櫻薇の心の底からの叫び声が、廃工場に響き渡るのだった。
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