1話 初めまして、妹です

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 ◆ 「…………」  まぶたが半分下りた彼、かれこれ1時間ほど歩いていた。  知らない町で、スマホ片手にバキバキに迷っている。  舗装の甘い道で体の半分ほどの大きさの青いキャリーケースを転がした腕は、乳酸でパンパンだった。  その上、ここに来てお腹がぎゅるるると悲鳴を上げる。  そういえば飛行機を降りてから4時間、水分以外口に入れていなかった。 (この状況、もしかしてヤバい?)  気づいてしまったが、知らない土地でどうすることもできない。  疲労困憊でめまいを覚え、足元がふらつく。  彼の目の前を、大きな影が横切ったのはそんなタイミングだった。 「っ!? Excuse me(すみません)!」 「ひいっ! ご、ごめんなさい〜っ!」  橋の狭い歩道で同時に声が上がる。 「ひえぇ、許してくださいぃ! 愚鈍(ぐどん)でぇごめんなさい〜! すみません、すみませんぅ〜!!」  率先して謝辞を述べる相手さん。ぶつかってもないのに多大に恐縮されていた。  だが、どう贔屓目(ひいきめ)に見ても今のは突然動き出した李津が悪いし、本人も自覚がある。 「いや、今のは俺が……」  ばつが悪そうに相手を視界に収めて、李津の体は凍りついた。  悪寒の理由は、頭を下げている同年代の女の子の容姿にある。  黒ワンピースに黒タイツをはいた少女は、顔がすっぽり隠れるほど長い黒髪を前に垂らしていた。  夜のシチュエーションと相成り、すごく不気味。  遠回しにいえば日本のホラー映画みたいで、直接的に言えばめっっっっっちゃ怖かった。 「えっ、何か言いましたぁ?」 「……」  ワンチャン知り合いができたら――という下心がなくもなかった李津だったが、こちらの方との交流は即座に諦めた。 「……」  さっきまでは自分が謝らないとと考えていたのに、シカトしてやり過ごすヘタレな男である。 「……やっぱりわたしなんてぇ、ぐすん、グズで、のろまでぇ、迷惑しかかけないしぃ。いっそ死んじゃおっかなぁ〜」  しかし背後から不穏な言葉が聞こえるではないか。  おそるおそる振り返ってみれば、ちょうど女の子が川に身を投げ出そうとするシーン。  まさかの衝撃映像。R指定。 「え? Oh, My God! F○CK(うわああああああああああああ)!!!」  有宮李津、16歳。  日本初日の思い出が「目の前で少女が自殺」に決まりかけていた。
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