acht

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acht

──番になれなくても良い。運命のαが現れた時、ちゃんと俺は身を引くから、だからせめてその日まで……。 ──少しの間で良い。俺だけのものでいてくれ。 「好きだ……江……」  思考より先に声が喉を通ってゆく。  相手に届いてなくても構わない、ただ言わずにはいられない。  俺は本当に病気なのかもしれない──。  永遠に叶うことのない、ひとりよがりの恋をしている──。 「わかったから……泣くな」  湿った息に、柔らかな声が混じって耳へと届く。  我に返ったように秀は江の顔を見た。  白い肌をピンク色に艶めかせた江が、柔和な笑みを浮かべてこちらを見ていた。 「……江?」 「ちゃんとお前の声、聞こえてるから。だからもうそんなガキみたいに泣くな」  江に頬を拭われて初めて、自身が泣いてることに秀は気付いた。  恥ずかしくなって、秀は思わず顔をそらす。 「……お前の番になれたら、きっと楽なんだろうな」  江は遠くを眺めるようにして、残酷な言葉を口にする。それはつまり、秀の一方通行を明確に示す言葉でもあるからだ。 「…………江、俺……」 「なぁ、俺なんも考えたくない。お前が泣いてる姿も見たくない」  秀は一瞬黙って江を見つめてからすぐに、手の甲で涙を乱暴に拭った。 「今だけは……お前が誘ってくれた今だけは、俺の好きにして良いんだよな?」 「いやいや、お前の好きにさせたら俺また寝込むだろ。手加減しろや」 「約束できない」  江が次の文句を口にする前に、秀は早々にその口を黙らせた。重なった唇に隠れた笑い声が震えて伝わる。それすら秀には愛しくてたまらない。  そばにいる。  欲しかったあのΩが、今だけでも腕の中に存在する──。  それだけで目頭は熱くなるし、唇を離せば隙間から簡単に弱音が漏れてしまいそうだった。  感慨にふける秀の腰へ、焦らされた細い指がいい加減次へ進めと意味深に伝いながら降りてくる。  その願いを叶えるように、江の形の良い耳たぶを齧り、ゆっくり首筋を味わった。  跡を残しても、江はすこしも咎めることはしなかった。秀のしたいように身を委ね、自由に与える。  相変わらず人懐っこい犬みたいに肌を味わう秀の姿に、江は湧き上がる笑いを堪えることが出来なかった。一瞬不機嫌な顔をした秀だったが、諦めを覚えたらしい。小刻みに揺れる肌に構うことなくわざと大袈裟に音を立てて肌へと吸い付いて回る。 「やだ、バカ、お前それやめろっ」  臍周りを舐められ、くすぐったさで江は涙目になりながら腰を弾ませる。そのまま一番敏感な場所にまで秀は舌を這わせ、驚いた江から高い声が上がった。 「馬鹿……っ、そんなとこ舐めんな……っ」 「なんで……? 気持ち良くない?」 「あっ……そこで喋んなぁ……っ」  ずっと強気だった江が、恥ずかしそうに秀の頭を退かそうと手を伸ばすが、力のない指先はあっという間に秀に絡め取られる。  握りしめた指先が刺激を与えるたびビクリと震えて、秀の指へ何度も助けを求めていた。  逃げようとする腰を捕まえて、さらに秀は長い舌で江の中を乱しては味わう。 「やっ……もうしないでっ……」  いつもなら強気な姿しか見せない江が恥じらう姿に、秀はたまらなくなってさらに追い打ちをかける。柔らかくなりはじめた場所に指を這わせ、直接中へ触れることはせずにその周りばかりをなぞり、ひくつく場所へ指先を当てた。 「やぁ……んっ」  濡れて艶めく唇を嬉しそうに秀は舐めとり、口の中を犯してまわると、物欲しそうな江が自ら舌を絡めては腰を揺らした。 「早くして……ナカ……触って、はやく……ねぇ……」 「──俺の好きにしていいのか?」 「ん……、いい……、だから、はやく……」  あれだけ散々自分を拒絶していた高嶺の花が、桜色の肌を揺らして秘密の場所を開いてみせる。  もっとやさしく、ゆっくり抱きたかったのに、その濡れた瞳で見つめられると自制心などとうに何処かへ消え失せてしまった。  自ら開かれた場所へ、秀は一気に自身の雄を打ちつけた。突然すぎる刺激に江から嬌声があがり、繋がった場所が強く締め付けられる。 「アアッ……!」 「……江……少し緩めて……でないと俺、すぐイッちゃうよ」 「ばか……ぁ、お前のがデカいの……むりぃ」 「無理じゃないから……」  秀は泣いてる江への罪悪感に蝕まれながらも、その顔へ何度も口付けてはやさしく髪をすいてやる。強くつむっていた瞳が開かれ、ようやく秀は江と目を合わすことができた。  何を欲しがっているのか気付いた秀は、柔らかな笑みを浮かべゆっくり江へと口付けた。  背中へ回された江の指先の感触に、どうしようもない幸福感を覚えた。  江の腰を後ろから支えてやると、少しだけ楽になれたのか秀の侵入を緩やかにする。 「江……」 「なに、もう……うるさい……」 「ごめん」  可愛くて、愛しくて、その名を呼びたくてたまらない──。  思いに応えることのできないかわり、その花は体だけを好きに明け渡す。  この先にある未来のどこにもふたりに約束された道などないけれど──。 「好きだよ──」    今だけは、誰より一番そばにいて──誰とも違う秘密を少しでも多く共有させて──。 「……しゅう」 「ん……?」 「──俺に、優しくしなくていい……。大切なものみたいに扱うな……俺なんか……壊していいから……」  その潤んだ瞳が震えながら歪んだ願いを伝える。 「俺には──できないよ。俺は江が好きなんだから……俺はお前を誰よりも大切にしたい……だけど、それにお前が義務や罪悪感を感じなくて良いんだ……。だからお前が望むなら俺の持ってるもの全部やるから──俺をそばに置いてくれ……お前が俺をいらなくなるまで……その時まで──」 「…………俺は、お前になんにもやれない……」  唇を噛んで震える江の瞳から、透明の粒が頬を伝い落ちてゆく。 「うん、わかってる──それでもいい」 「よくねぇよ……よくなんかない……俺は──」 「大好きだよ、江」  涙を拭う温かな手の感触に、江はゆっくり瞼を閉じた。大きく息を吐いて再び開いた弧を描く瞳で、まっすぐに秀を見つめる。 「…………どうしようもないアホだ、お前……」 「そうだよ。もうとっくに知ってたろ?」 「そうだな……忘れてた……」  秀は震える細い体を包むようにして抱きしめ、江の顔中にキスしてまわると、ゆっくりと腰を奥へとすすめた。  怯えをなくした柔らかな体は、深い場所まで秀の侵入を許し、甘い吐息と共に何度も繋がった場所をうねらせる。 「そこ……きもち……ぃ、もっと突いて……っ、奥に……シて……っ」  次第に早まる抽送に、江は腰を揺らして白いつま先を秀の体へと巻きつける。淫らに揺れて鳴く江の姿に、秀も夢中になって奥まで何度も貫いた。  指を絡めて握った互いの手を、最後の最後まで秀は離そうとはしなかった──。
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