5  待ち伏せ魔女

1/1

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/68ページ

5  待ち伏せ魔女

ぼくほど実存主義に徹したものはいない。ぼくが蟹なら、その本質こそ蟹として捕食されるだけの運命であって、そこから抜け出せるなんて露ほども思ってないからね。だから今朝学校に来るまでぼくは混乱していたという方が、その理由を説明するのに都合がいい。 「おいマコト、顔が赤いぞ?熱でもあんのか」 教室に入るなり、しょうがないなあという顔をして北村武がぼくを見てそう言った。 「また具合悪くなったの?ねえ早退したら?」 席に着くと隣の席の美智子も心配そうに言った。登校して早々に早退するのってのもなんだけどね。かと言ってそうじゃなくてと否定するのもめんどくさいしなあ…。だからぼくは頑張って授業を受ける、っていうスタンスを取らざるを得ない。まあそういう演技ならいつもやっているのさ。 ふたりはぼくの友だちじゃない。ぼくに友だちなんかいない。クラスで一緒というだけの、そういう関係さ。だから平気で嘘もつけるってことさ。 「大丈夫だよ。今日は体育ないし、英語と数学の授業は出ておかないと」 「あんた休んでばっかいるからねえ」 ごもっとも。でも体が弱いのは本当だ。まわりにもそう公言している。もっともそれは小学生までで、いまはいたって健康なのだけれど。苦手な体育を公認でさぼれるから、そういうふりをしているだけなのだがね。 そういうインチキをしても、ぼくに罪悪感はない。なんせぼくは蟹なのだから。人間なみの知能はあるけれど、心の本質は蟹なのだからと、いつもそうごまかしている。だからそうしてみごとにぼくはこんな罰に当たったんだ。 「こんにちは」 下校時、ふいに校門のところでそう声をかけられたとき、真っ先に思ったことがそれだった。それこそまさに、そこに魔女が待ち伏せていたからだ。  7b9bd6fb-0db2-4d22-96f7-096e72278b91
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加