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1 スクランブル
目の前には巨大な交差点があった。
あれが大波揺れる大洋だとしたら、ぼくはその岸の磯辺で戸惑うだけのただの一匹の蟹だ。
波間に戯れるほど度胸もなく、かといって磯から出ようとする気概も意地もない。要するにただの意気地なし、ということだ。
しかしそれが毎日毎日続くものだから、ぼくはほとほと飽き飽きして、この命と引き換えに何か楽しいことをしてやろうと、こうして早朝の酷く馬鹿馬鹿しいほど広い交差点の端っこで、行き交う人々を眺めていたんだ。
突然、誰かが交差点のど真ん中で叫んだ。真っ白なシャツの男。
きっと何か心が病みきって、だから世間の重圧をようやく突き破れたんだろうな。うらやましいと思ったと同時に、先を越された敗北感がぼくの胸いっぱいに広がって、やはりぼくは磯をうろつくだけのただの蟹なんだと思い知らされた。
――蟹は蟹の分をわきまえろ
そうその白シャツの男が言った気がした。だからぼくはもうそこにいられずに、ただ人の列に引きずられるように、その長く続くアスファルトの坂道を足早に上って行ったんだっけ。
そこは大海原でも磯辺でもない、ぼくの通う普通の高校があるだけだ。
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